22。閑話 メルティとシール

 わたしはメルティ。

 メルティ・イノセント。


 今はキツネの家に住んでいるけれど、ちょっと前まではあちこち放浪していた。そう思うと、なかなかに感慨深いところがある。


 さてわたしの話を聞いてくれるということは、シールが好きだということ。

 せっかく同士が集まってくれているから、ちょっとした小話でもしようかと思う。


 ただわたしは別に話し上手ではないから、あまりオチには期待しないでね。



 というわけで、シールのお話。



 ちょうどわたしがキツネと出会う、二ヶ月前くらいのことだったと思う。

 その頃は一日のほとんどを討伐に回していて、それでもらったお金は全部シールにつぎ込んでいた。理由は簡単で、家がないからお金をもらっても貯めるところがないからだ。


 ……お金を預けられる場所があることは、ついこの間知ったばかりだ。

 キツネに教えてもらった。


 さて、その日は確かちょっと寒かった覚えがある。

 所々に雪が積もっていて、まるで誰かがクリームでもこぼしたみたいだった。


 わたしは依頼を終わらせて、帰路についていた。

 まだそんなに遅い時間帯じゃなかったと思うけれど、すでにあたりは真っ暗で、街灯のオレンジ色だけがわたしを見つめていた。


 キツネと出会う前のわたしは本当に感情が薄かったのかもしれない。

 あるいは他人の評価とか、目線とかを気にとめないからかもしれない。


 ただ、そんなわたしでも風に話しかけられては、ついつい反応してしまう。


「メルティさま」

「……わたし?」


 か弱い声に、わたしは振り返る。

 誰もいない。

 もう一度あたりを見渡す。


 ここは、とある橋の際。古くなって錆びた手すりに霜が、バターのように塗りたくられていた。

 そして目線を下に持って行くと―――そこには一人の女の子がちょこんと正座していた。


 見慣れない服を着ているが、すでに縫い目が崩れて雪肌が見えている。

 顔は炭鉱から出てきたばかりかと思ってしまうくらいに煤まみれだ。


 少女は濡れた新聞紙一枚に素足で座っていた。


 わたしはそんな彼女の横にやってきた。


 その幼い唇は乾燥で切れて、指先も真っ赤だった。

 寒そうだし、お腹を空かせているみたいで、多分キツネだったらその場で「助けたいです!」とかなんとか言っていたのかもしれない。


 ただ生憎その場にいたのは、生きているだけの存在、わたしメルティ。


 回り切らない頭を傾げたまま、わたしは少女の言葉を待った。


「メルティさま、おひさしぶりです」


 彼女の言葉は聞き取りづらかった。


「……うん。よくわかんないけど、久しぶり」


 とりあえず適当に返してみた。


「なんで、わたしの名前……知ってるの?」

「それはとうぜん、メルティさまがすきだからです」

「それは、……答えになってない」


 ちぐはぐで、とりとめもないおしゃべりが続いた。


「メルティさま、ほら、おすわりくださいな」

「わかった」


 わたしは少女の横に並んだ。

 座って見てびっくり、もっとゴツゴツで、びしょびしょだと思っていたけれど、意外と座り心地がよかった。

 それに、若干あったかいような気もする。

 なるほどたしかにこれは、ずっと座っていたくなるのも理解できる。


 ……やっぱできないかも。


 そんなわけで少女とお隣になったが、それっきり彼女は喋らなかった。

 ただ、どこか似合わない笑顔を浮かべたまま、わたしの顔を見つめていた。

 ……うん、たぶん、本当にわたしを見つめているんだとおもう。

 何回か、自分の顔に何かがついているのかと思って触ってみたけれど、なにもなかったから。


 ただただ顔を見つめ合うこと、五分ほど。


「……名前、なに?」


 わたしが切り出すと、少女はこてんと頭を傾げた。

 濡れた二つ結びが揺れる。


「なまえ?」

「そう、名前」

「わかんないです、メルティさま」


「それなのに、わたしのことは……知ってるんだ」

「はい、メルティさまですから」


「わたし、……なんかしてあげたんだっけ」

「はい」

「なんだっけ」

「ぱぱと、ままが、こわかったときに、まもってくれました。おねえちゃんと、わたしを」


 そこでわたしは想い出した。


 少し前に、なんかへんな宗教にはまった親が子供に暴力振るう―――といったことがあったことを。


 それでわたし宛てに依頼があったことを。


 ちなみにこれは強盗とか誘拐とかではないので、救助依頼には入らないらしい。


 たしかその依頼はあまり報酬がよろしくない覚えがあった。

 そのせいでほったらかしにされていて、副ギルドマスターのマー坊さんが「追加で可愛いシールあげるから受けて欲しい」と言ってきたのだ。


 たぶん、この子の姉が出した依頼なのだろう。


 とは言え部外者がどうこうすることもできないので、とりあえず現行犯で両親を取り押さえてマー坊さんに連絡をした。


 その時の状況は今でも覚えている。


 子供をヒトと思っていないというか。

 ストレスのはけ口にされているというか。


 とにかく、家とは思えないコントラストだった。

 キツネの家に住まわせてもらっている私だから、思えたことだ。


 ―――その後は国の管轄だから続きの話は知らなかった。


「……おもいだしました?」

「うん」

「だからメルティさまをよびとめたんです」

「そうなんだ」

「はい。もういちど、メルティさまとおあいしたかったですから」

「……会えたね」

「ふふ、はい、あえました」


 やっぱり。

 この子の笑顔はどこか、さみしかった。


「……あの、メルティさま、なまえほしいです」

「名前?」

「はい」

「……名前?」

「はい、つけてほしいです」


 なんで?―――と聞きたいのを我慢して、とりあえずうーんうーんと考えてみる。


「じゃあ、タモちゃんで」

「たもちゃん、ですか?」

「うん。橋の袂(たもと)で会ったから」

「もっとまえにあってますってばー」

「……嫌?」

「いえ、うれしいです。タモちゃん、タモちゃん……」

「どう?」

「はい、……タモちゃん、しあわせです!」


 あ、笑顔が変わった。

 雪も溶けそうないい表情。


「メルティさま」

「……ん?」

「メルティさま、シール、すきですよね」

「うん。好き。大好き」

「タモちゃんもです!」

「そうなんだ」

「はい。タモちゃんもです」

「おそろいだ」

「はい、メルティさまと、おそろいです」


「それで……シール、どうかしたの?」

「タモちゃん、おねえちゃんといっしょに、シールつくったんです」

「そうなの」

「はい、そうなんです」

「どういうの?」

「かわいいのです」

「かわいいの」

「はい、そうなんです。かわいくて、すーんごくかわいいのです。メルティさまに、ぷれぜんとしたくて」


「……わたしに?」


「はい。メルティさまに、ありがとうっていいたくて、おねえちゃんとかんがえたんです。どうしたらメルティさまによろこんでもらえるかなって。そしたらおねえちゃんが、いっしょにシールつくろって。おかねがないけど、これならきっとメルティさまもよろこんでくれるって」


「そうなんだ。……うれしい。ありがとう」


「メルティさま」

「ん?」

「その―――ぎゅって、してほしいです」


 わたしはタモちゃんを上から下まで眺めた。

 それから両手を広げた。


 タモちゃんは体を全部投げ出して、わたしのお腹のあたりに顔をうずめた。

 体が、冷たい。

 そっと髪を撫でてあげると、タモちゃんは嬉しそうにした。

 最初に見た頃よりも、顔色が良くなった気がした。

 それに、服も修復されたような気がした―――。


「メルティさま」

「ん?」

「タモちゃん、メルティさまのこと―――だいすきです」

「……うん。ありがとう」



 はらり。


 はらり。


 溢れるようにして、わたしの指の隙間から星屑が漏れた。


 やがて。


 タモちゃんは消えていった。


 そして残ったのは、一枚の小さなシールだった。

 ハート型の、暖かいシールだった―――。





 後で聞いた話。

 どうやら保護されたタモちゃん姉妹だったが、病気が発作して他界してしまっていたらしい。


 もしかして、霊になってわたしに声をかけてきたのだろうか。


 たしかにそれなら、通行人が全然タモちゃんに気づかなかったのも頷けるが……。


 わたしは街を歩きながらコートの裏側を見た。

 お気に入りのシールは全部そこに貼ってある。


 ……うん。

 うん、ちゃんと、タモちゃんとタモちゃんの姉がくれたシールはある。


 幻覚……ではないようだけど。


 その不思議な現象に引っ張られつつ、いつもどおり店に到着する。


 言わずもがな、シールが売られているおもちゃ屋だ。

 高級店でもいいが、たまにはこういうこじんまりとしたところもイイ。


 がららら。


 中に入る。


「「いらっしゃいませぇーっ!」」


「!!??!?!?!??」


 驚きのあまり、わたしはドアを閉めてしまった。

 それからじりじり開けてみる。

 やっぱり、見間違いではなかった。


 ―――タモちゃんだった。


 あと、タモちゃんの姉もいる。


「!?!?!??」


「まったく、あんたは何をしとるんかねぇ」

 いつもお世話になっている店番のばぁちゃんが、わたしの肩をべしんとはたく。

「今日も買うんじゃろ、早く入った入ったぁ」

「いや、そうじゃなくて。買うけど……なんで?タモちゃん?」


 あれ、もう死んじゃったんじゃないの?―――という疑問を抱いたまま、タモちゃんに一歩近づく。

 タモちゃんは駆け寄ると、あの橋のところでしたのとおなじように、わたしのお腹に頭をうずめた。

 タモちゃんだ。

 タモちゃんだ。


「おひさしぶりです、メルティさま」

「うん。ひさしぶり。三日ぶり。……なんで?あれ?」

「なんか、ぎゅって」

「ぎゅって」

「ひゅんてなって」

「ひゅんてなって」

「じゅわぁってかんじで、いまにいたります」


「うん、よくわかんない」


 結局、説明をしてくれたのはタモちゃんの姉だった。

 どうやら、幽霊みたいな感じでこの世に残ったらしい。


 なるほど。

 そんなこともあるんだね。


 世界は広い。


「メルティさま、メルティさま」

「ん?」

「シール、どうでしたか?」

「可愛かった」

「べたべたじゃなかったですか?」

「べたつくくらいが、ちょうどいい」


「メルティさま、メルティさま」

「ん?」

「タモちゃん、ずっとメルティさまにあいたい」

「うん」

「だからメルティさまが、シールがすきなかぎり、ずっとここにいます」

「うん」

「だから、いつでもあいにきてくださいな」


 わたしはタモちゃんの頬を撫でた。


 霊体って冷たいっていうけど、意外とあったかいのかもしれない。


「大丈夫」


 わたしは言った。


「シールに飽きることなんて、ないから」









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