21。キツネの独白〜地下「祭壇」〜

 〜キツネside〜


 私たちはゆっくりと、ゆっくりと階段を降りていきました。

 雨の日だからなのか地面が湿っています。転びそうで怖い気持ちもありますが、なんとか自分を落ち着かせます。


 大丈夫。

 メルティちゃんといっしょだから。


 少し経つと、外の光も届かなくなって温度も下がってきました。


 と、こういうときは私のお団子におまかせです。

 本当なら光魔法を直接使えばいいのでしょうが、お世話になったあの先生にご指導いただいたのです。


 昔の会話が、ふと蘇ります。


 ――『キッちゃん、君の魔力……ようは魔法の力は強くないんだ。でも■■■としての血が流れている。キッちゃんがそんなに頑張りたいのなら……そのきれいな髪を使うといいよ』

 ――『しぇんしぇ、かみ、きりゅの?」


 ――『おおっと早まらないでねキッちゃん、別に切れとは言ってないよー。君の可愛らしさの一部なんだから、大事にしてね。……それで、要はね、例えばキッちゃんが明かりを灯したいとする。今回はボクがやって見せよう』


 ――『きりゃきりゃ!』

 ――『そ。キラキラでしょー。でも、残念ながらこれでは照らせないものもいっぱいある。そんな時に昔の人は考えたんだ。『髪』と『とくべつな魔法』があれば、中でお昼寝していた種が起きて、光るんだ。例えばね……』



「――【アンプル・ド・ブランシュ】……です」


 懐かしい気持ちを抱えながら、私が魔法を唱えます。

 しっかりとお団子結びが、発光しています。


 成功です。


 メルティちゃんが振り返ります。

 ちゃんと、驚いてくれています。

 よかったです。


「……光だ」


「どうですか」

「暖かい」

「えへへ。……あ、どうやら私たち、階段を降り切ったようですね」

 こっちにすり寄って暖をとるメルティちゃんに和んでいると、降りた感覚が消えました。


 ようやく地下にたどりついたようです。


 階段の途中とは違い、ほのかに明るいです。

 そこに広がっていたのは、巨大な広場でした。


 ……いえ、これはどちらかといえば――。



「……祭壇?」



 中央にある、巨大な塔。

 六本ある支柱には無数の人が彫刻されており、塔の中央に「生えている」大きくて不気味な硝子(がらす)の壺を支えているように見えました。

 地面には魔法陣のようなものが無数に描かれ、それを囲うようにして蝋燭(ろうそく)が青白い炎を揺らしています。


 何かの、儀式のようです。

 ところどころに、白骨が転がっています。

 しかし、生きている人間が見当たりません。


「遺跡……でしょうか?」


 つまりこの宗教の遺跡のなかに、私たちが探している「デジタリアの博愛」がある、と。

 ――いやいや、それはまずくないですか⁉

 どう考えても、罰当たりです。

 メルティちゃんに一度意見を求めましょう。


 しかし、メルティちゃんは既に私の横を離れていました。


「メルティちゃん……?」



 ――ガシャン。

 聞きたくなかった音です。

 私は慌てて祭壇の方に目を向けました。


 いつの間にか、祭壇の硝子の壺が粉砕されていました。当たり一面の蝋燭が薙ぎ払われて、炎を妖しげに吹き上げています。


 明らかに、不自然です。

 その真下に、メルティちゃんが棒立ちになっていました。


 いつもと、雰囲気が違います。

 まるで――メルティちゃんじゃないような。


「……まさか!」


 私はメルティちゃんの方へ駆けつけて、彼女を引きずり壁の方に寄せました。

 手が、まるで氷のように冷たいです。何かの刺青が見えます。


「メルティちゃん!」

「……」


 生気を失っています。


 間違いありません。

 メルティちゃんは、精霊の悪戯にかかってしまったのです。

 ――今回の依頼主、ルイザちゃんと同じように。


「いつの間に……」

 精霊の悪戯を治すためにやってきたのに、仲間がかかっちゃうなんて……こういうのを、ミイラ取りがミイラになる、と言うのですよね。


 これでは探索をしている場合ではありません。

 まずは地上に戻らなければいけません。

 今のままでは、私もかかってしまうかもしれません。

 私はふらつくメルティをとりあえず座らせて、時々名前を呼びながら頭をフル回転させました。


 今すべきことは、撤退です。

 仕方無いことです。


 悔しいですが、メルティちゃんを失うほうが嫌です。


 ただ、ルイザちゃんはどうなってしまうのでしょうか。


 いえ、それだけではありません。


 精霊の悪戯には、目的がありません。

 本来は精霊さんが、力を出し過ぎたときに起きるものですから。


 しかし、今回の場合は明らかに違いました。

 これは、

 メルティちゃんに【悪意】の魔法を使わせてまでして、あの大きな壺を割らせました。


 一般の精霊の悪戯なら、私が事前に気がついていたはずです。私のお団子は「精霊」に反応するように作られたものですから。

 それなのに、わからなかった。

 そのことも含めて、これは人為的に起こされた「悪意あるイタズラ」である可能性が高いです。

 やっぱり、地面の魔法陣がカギでしょうか。


 とにかく、なんとかしないと――。


 そんな、時でした。


 突然、地面が激しく揺れ始めました。

 まともに立つことすらかないません。


「メルティちゃん……!」


 虚ろな目のメルティを庇うようにしてしゃがみます。

 ミシミシと壁が音を立てています。

 地面。石壁。天井。

 だんだんと、ヒビが細かく、広くなっていきました。


 そして。


 私は一歩先に、メルティちゃんを抱きかかえて壁から離れました。

 その直後。

 轟音と共に、地面が崩壊しました。


「っ……!」


 落下の不快感が、全身を襲います。


 しかし、どうしてでしょうか。

 どうにも落下が遅いです。


 ――まるで、水に沈んでいるようでした。


「……キツネ……」


 突然、メルティちゃんの声が聞こえます。

 弱々しくて、心が痛いです。


「メルティちゃん!も、戻ったんですか!よ、よかったです」

「キツネ……先に逃げて。早く……。ここは、だめ」

「それはできません!逃げるとしても、二人で!」


「……この感覚、覚えている。この敵と、同じ。でも、もっと小さいやつを前に倒したことがある。あのとき、私は洞穴があると思って飛び込んだ。でも……間違っていた」


 メルティちゃんの言葉は続きました。


「このモンスターは、。だから、私たちが水に沈んでいるように感じているこの「空気」、これは全部……モンスターの体内なんだ」


「えっ……」


 そんな。

 つまり……私たちはすでに、モンスターの腹中に入っているということですか。


「……早めに気づけば、よかった……ごめんなさい」

「メルティちゃんは、悪くないです!」


 落石を薙ぎ払いました。

 あたりを注意深くみます。


「キツネ、後ろ」

「……!」


 私はとっさに、その場から離れました。

 たしかにこの動きは、普通の落下中ならできない動きです。


 私たちが先ほどまでいた場所には、一つの口がありました。

 ――いえ、正確には二列の「歯」があったのです。


 しかし、サイズがおかしすぎます。

 一本でも、お布団十枚分の大きさはあります。


「横です!」

 危険を察知してまた身を翻します。


「また後ろ!」

 相手の攻撃が頻繁になりました。


 歯に噛み付かれた瓦礫が、次々と粉砕されました。

 アレに捕まっては、一貫の終わりです。


 どれほどの時間が経ったのでしょうか。

 ついに、底が見えてきました。

 ――いえ、これはモノに埋もれて底が、見えなくなったのでしょう。


「なっ……なん、ですか、これは……」


 そこに、広がるのは。


 青白い炎の群れ。

 城門のような歯。

 植物の鋭利な蔦。


 まるで、視てはいけないものを、見てしまったような気分。


 恐ろしすぎます。

 けれど同時に、どこか神秘的で、美しかったです。


 そんな、言葉では表せない空間。

 きらりと、何かが光った気がしました。

 下降します。

 大人しそうな歯の一枚の上に乗ると、私はとあるものを発見しました。


 ――紫色に仄かに光る、小さな釣り鐘。


 間違いありません。

 寄生植物『デジタリア』です。

 それは歯に守られるようにして、ぽつぽつと生えていました。


 ――『実際、寄生されると一体になるので、薬草効果があるのは【生贄デジタリア】になった肉体の方だ』――。


 ナノちゃんに教えてもらったことを思い出します。

 歯に近づいて見ると、デジタリアの根の部分には拳大の球がありました。


 明らかに、です。


 魔法で生きるモンスター、魔獣の類いは臓器として「魔核」を持ちます。

 これは、血液をまんべんなく送る心臓のように、魔力を全身に行き渡らせる働きをする器官の一つです。

 つまり、このモンスターの核に、「デジタリア」は寄生しているのです。


 しかしいったい、何のモンスターなのでしょうか。

 そういえば、デジタリアが寄生する代表的な生物種があった気がします。

 あれ。

 もしかして……。


「キツネ……危ない……!」


 ――私は、忘れていました。


「デジタリアの博愛」。

 一部の生物の「親個体」は、この植物に自分の身を支払います。

 そして代わりに得るのは……。


 ――絶大な、力。


 エネルギーの奔流。

 抵抗が虚しくなるほどの量の蔓。


 私の身体が動いた時には、すでに手遅れでした。


 次の瞬間。


 ――メルティちゃんは、大きな影呑まれてしまいました。

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