第47話

「ちょっと、あなた誰ですか」

 翔のアパートの前で晴斗が菜々美の養父に声をかけていた。

 養父は翔の部屋のドアをドンドンと叩いて菜々美の名前を叫んでいた。近所迷惑だと思わないのかそれを晴斗が来るまでやっていた。

「お前は誰だ」

 威圧感たっぷりに言う養父に、晴斗は怯まなかった。

「このアパートの住民ですよ。近所迷惑なんで帰ってくれますか?」

 嘘を並べる晴斗は、その嘘がバレるのでないかとハラハラしていた。だが、養父は帰るしかなかった。

 それは遠くからパトカーのサイレンが聞こえた為。本当に近所の人が、通報したのだろう。

 パトカーはアパートの前に停まると、警官が晴斗と養父の元へと来る。

「通報があったんですが、大声で騒いでると」

「ああ、それはこの人ですよ」

 晴斗はすかさず養父を指す。

「ちょっと話を聞かせて下さい」

 警官にそう言われて大人しく警官と一緒にアパートを離れていく。養父はパトカーに乗せられ(多分、パトカー内で話をしている)、暫くしてゆっくりと養父を乗せたままどこかへ行ってしまった。

 それを見届けた晴斗は、インターフォンを鳴らした。




     ◇◇◇◇◇




 クローゼットの中で震える菜々美の耳に、インターフォンを鳴らす音が聞こえた。いつの間にか叫ぶ養父の声は聞こえず、静かだった。

 そっとクローゼットの中から出る。



 ピンポーン──……。



 もう一度、インターフォンが鳴った。ゆっくりとドアに近付き、ドアに付いている覗き穴から外を見た。

(あ……)

 そこには晴斗が立っていた。

 ガチャっと、ドアを開けると晴斗が「よっ」とお茶目な顔を向けた。

「大河くん……」

「救世主登場!なんてな」

 そう笑う晴斗に安心する。

「ど……して?」

「翔に頼まれた。おれの職場、すぐ近く。翔もすぐ戻ってくるだろう」

 ニカッと笑う晴斗は、高校の時から変わらない。

「親父さん、パトカーで連れていかれたけど平気?」

「ん……」

「そっか」

 そう言うとスマホを取り出した。

「あ、翔?高梨は大丈夫だから。……うん。……うん。分かった。じゃ」

 スマホから耳を離した晴斗は、菜々美を見た。

「翔が帰って来るまでここにいろって」

「え」

「だから中に入れて」

 そう言って部屋の中に入る。

「高梨。鍵、かけて」

「あ……」

 言われて鍵をかけるが、翔の部屋に二人きりになったことに動揺する。

「心配しないで。翔はすぐ帰ってくるよ。また養父おやじさん、戻ってくるかもしれないから、おれにいて欲しいって」

 そう言って翔の冷蔵庫を勝手に開ける。中から缶コーヒーを取り出して飲む。

「大変だね」

「え」

養父おやじさん」

 菜々美は何を言っていいのか分からなかった。

「あまりよく思ってないのは知ってたけどさ。そんなに酷いんだね」

「翔から……、聞いたの?」

「違うよ。かよ」

「あ……」

「かよ、心配してたよ。ずっと」

「え」

「高校生の時から」

 突っ立ったままの菜々美に、座るように促す。部屋の隅にちょこんと座る菜々美を見て、晴斗はくすっと笑った。

「おれのこと、警戒してる?」

「え」

「ダチの女に手なんか出さないよ」

 そう言って笑った。

「そ、そんなんじゃ……」


(別に警戒してるわけじゃ……)


 菜々美は何も言えなかった。だけど晴斗が来てくれなかったら、まだ震えていた。

「大河くん……」

「ん?」

「ありがとう。来てくれて」

「うん」

 晴斗は頷くとまたコーヒーを口に入れた。




     ◇◇◇◇◇




 暫くして翔が慌てて玄関のドアを開けた。

「菜々美っ!」

 息を切らしていることから、走って来たのだろう。

「大丈夫か」

「ん……」

「晴斗。サンキュ」

「別に」

「大河くん、仕事は平気?」

「平気。親父の仕事、手伝ってるだけだし」

 そう言うと立ち上がった。

「あ、かよがさ……」

「ん?」

「高校生の時からずっとお前を心配してたから」

「さっきの話?」

「うん。で、誰よりもお前には幸せになって欲しいって言ってた」

「かよが?」

「そ。だから逃げてもいいんじゃねぇの。養父おやじさんから」

「でも……」

(そしたらお母さんが……)

 菜々美が逃げたら母親に何かするんじゃないかと不安だった。

「おふくろさんのこと、心配してるのか?」

「大河くん……」

「おふくろさんだって、お前の幸せを祈ってるに決まってるだろ。今決断しなきゃダメなんじゃないのか?」

 晴斗の言葉は重く菜々美にのし掛かっていた。

「じゃ戻るわ」

 晴斗はそう言うとアパートを出ていった。



──今決断しなきゃダメなんじゃないのか?──



 晴斗の言葉が頭の中をグルグルと回った。

 自分が幸せになるには、養父から逃げなきゃいけない。養父とはどうやっても分かり合えない。

 なら──……。




「翔……、私……」

 翔のスーツの裾を掴んで顔を見る。震える手を翔は握りしめていた。

 大丈夫だよというように。



「菜々美。養父おやじさんにちゃんと言おう。おふくろさんにも」

 両手で菜々美の手を包み込む。

「この先、菜々美は怯えて生きていかないように。ちゃんと話をするべきだ。おれも一緒に行くから」

 翔の言葉に菜々美は頷いた。

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