第22話

 ~♪~♪~♪~♪

 五月蝿く着信が鳴る。画面を見ると賢の文字。その文字を見ると大きくため息を吐く。

「なに?」

 通話ボタンを押すと賢の生意気な声が聞こえた。

『姉さん!男とショッピングモールにいただろ』

 まだ小学生の賢だが、話し方はもう生意気に大人ぶってる。

『父さんに知られたくなったら金くれ』

「小学生が持つ限度があるでしょ」

『あ、バラされたい?』

「勝手にして」

『あれ、姉さんのカレシ?』

 人の話はまるで聞いてない賢にウンザリする菜々美は、またため息を吐く。

 どうも賢とは馬が合わない。それはやっぱりあの養父の子だからだと思ってる。

「私にいたらおかしい?もう24なんだからね」

『おかしい訳じゃないけど、父さんが知ったらなぁ……と』

 いつもこうして養父の存在をちらつかせる。それがまた生意気で嫌になる。

 どうにかして菜々美からお金をもらおうと必死だ。それでも後から養父の雷が落とされる方が嫌な思いをする。


『なぁ、姉さん!』

 うんざりしてきたこのやり取りに、菜々美はため息を吐く。

 ため息も何度目だろう。

「養父さんに報告しておく」

 養父は菜々美が賢にお金を渡すことも嫌ってる。賢には甘いが、それでもお金の面は厳しいのだ。

 お互い、養父を引き合いにしてはどうにかしてやろうと思ってる。

 賢は養父のことを出してお金をもらおうとする。菜々美は養父のことを出して賢に引き下がってもらおうとする。

『父さんは関係ないだろ!』

「関係あるでしょ」

『ちくしょ──……』

 プチッ!と電話を切った賢にため息吐いて、養父の携帯の番号を押した。

 あまりかけたくない相手。だけど、賢のあまりにも酷い態度に呆れていた。




『なんだ』

 電話の向こうで機嫌の悪い声がする。いつもそうだ。菜々美との会話はこんな声を出す。

(威圧感……)

 電話越しでもそれが分かる。だからこそ、話をするのも嫌になるのだ。

「賢からお金の催促があった」

『で、やったのか?』

「あげてない」

『やってないなら報告するな』

「この前も催促されたから。なんか欲しいもの、あるんじゃないの?」

『小遣いはやってるから渡すんじゃないぞ』

「分かってる」

 短い電話を切って大きくため息を吐く。たったそれだけのことなのに、どっと疲れが出る。

 養父と話した後は、何もする気が起きなくなる。それくらい、気力が奪われる。


(賢は言うだろうなぁ)

 翔と一緒にいたことを、賢は言うだろう。賢から伝わるよりは自分から言った方がいいってことを、菜々美は理解してる。だけど、なんて言ったらいいのか分からないし、直接言えるかと言ったらきっと言えない。




《付き合ってる人がいます》




 菜々美はメッセージアプリから、それだけを入れた。無駄なことは一切入れずに、その事だけ。

 スマホを置いてキッチンへ行く。冷蔵庫から缶ビールを出して、戸棚からはミックスナッツを出す。ソファーの方へ行き、テレビをつけて缶ビールを開けた。

 仕事はやる気は起きなくなってしまったから、もう飲むしかない。

「翔は何してるんだろ」

 ビール片手にそんなことを思う。

(そんなことを考えるなんて……)

 以前の菜々美なら信じられないことだった。恋人がいた経験はない。だからひとり部屋にいて、相手を思うこともなかった。

(会いたい……)

 ひとりでいる夜がこんなにも寂しいものなのかと膝を抱える。

 グイッと缶ビールを喉に流し込む。


(今日の私はおかしい)

 昨日は翔がうちにまで来て、身体を重ね、朝を迎えた。その後にデートをして……。思えば順番が逆な気がするが、菜々美はその1日を長く感じていた。

 夕食を外で食べた後、翔はマンションまで菜々美を送って自分のアパートに帰っていった。

 その後ろ姿を名残惜しそうに見ていた菜々美は、寂しいという思いを押し殺していた。そして部屋に入り、お風呂に入った後に賢からの電話だったのだ。

 フワフワとした気持ちから、一気にどん底へと落とされたような気持ちになった。養父と電話で話さなきゃと電話もした。だからこそ、おかしいと感じていた。


 翔のことを考えると浮いた気持ちになる。だけど、養父と賢のことを考えると沈んでしまう。


 今の自分がおかしいことに気付かないわけがない。だからこそ、アルコールが増える。

 冷蔵庫から何本目かの缶ビールを取り出すと、その場で開けてグイッと飲み干す。


 菜々美は時々こうなることがある。こんな飲み方はよくないと思いながらも、一気に飲み干す。

 いくら強いからといってもこんな飲み方はよくない。分かってる。


(あの人たちのことがなきゃ……)

 翔のことだけを考えて幸せな時間を過ごしていたのに、それをぶち壊した賢が恨めしい。



 テーブルに置いてあったスマホが音と共にバイブで動く。手に取るとメッセージアプリの通知だった。

 通知の相手は養父からだ。

 恐る恐る開くと、見たくもない文面だった。




《別れなさい。私は許さない》




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