第20話

 菜々美と翔は駅前で待ち合わせて、電車に乗り込み3つ先の駅で降りた。

 そこには大きな映画館がある。

 異性と待ち合わせることも初めてだった菜々美は、なんだか照れ臭くまともに顔を見れなかった。そんな菜々美の思いが伝染して、翔も照れ臭くなる。

「ん」

 手を差しのべる翔に戸惑う。

「人が多いから」

 差し出した翔の手にゆっくりと触れる。ぎゅっと握られ歩き出す。


 高校生の時はこんな風に歩くこと叶わなかった。あの頃はふざけ合って歩いていた。

 自分の気持ちを悟られないようにしていた。


「菜々美はどんな映画が好き?」

 キラキラとした笑顔は、あの頃と変わらない。もっと早くこうしていたかった……かも。と、心の奥で感じていた。

 だけど当時の菜々美は、養父からの圧力に耐えられず自分を押し殺していたから。

「菜々美」

 翔に見惚れていた菜々美は顔を真っ赤にする。

「菜々美はすぐ赤面するのな」

 大きな手が菜々美の頭を撫でる。

「え……っ!」

 ふっ……と、笑みを見せ映画館へと向かった。


 ショッピングモールの最上階にその映画館がある。いつ来ても大きいと感じるくらいの広さ。

 休日だからか、大勢の人が並んでいた。

「どれ観る?」

 翔は看板を指差す。いろんなのがやってはいるが、どれを選んだらいいのかよく分からない。

「翔は何が観たいの?」

 菜々美は翔に聞いた。

「おれ?ん──……。あ、あれは?」

 翔が選んだのはコメディだった。

 チケット買った後に、飲み物を買おうと一緒に列に並んだ。

「なに飲む?」

「じゃ、アイスティー」

「コーヒーじゃないの?」

「コーヒーは朝起きた時と夜に仕事する時に飲むから」

「それは自分の中で決めてるルール?」

「そんな感じ」

 珈琲に拘ってるわけではない。ただ珈琲を飲むと大人って感じがして、仕事に向き合える。そんな気がする。


 片手に飲み物を持って、一緒に歩く。そんなことでさえ、菜々美には初めてで、気持ちが高校生こどもに戻ったみたいだった。

 あの頃に出来なかったことを今、やっている。そんな気分だった。



「悪くない席だな」

 座席に座ると、翔が小声で話す。耳元で囁くように話すから、内緒話をしてるみたいだった。

 映画が始まるまでそうやってふたりで話して、時間を潰した。


 内緒の話……。


 翔との時間がひとつひとつ増えていく毎に、あの頃に出来たかもしれないという思いが胸を締め付ける。

 放課後。かよ達と一緒に遊びに行けるのはほんの数時間。

 養父が帰宅する前に家にいなきゃ何を言われるか分からない。ましてや、高校を辞めさせるなんて言われるのではないかとヒヤヒヤだった。

 学校にいる時、かよ達といる時が、唯一の自由の時間だったのだ。


「あの頃……。もっとこうやって遊びたかったなぁ」

 ポツリと呟く翔を見るとふっと笑ってこっちを見ていた。

(同じことを思ってた……)

 もっと一緒に遊びたかった。高校生の自分は養父に反発する勇気がなかったから、後悔ばかりの高校生活だった。

 唯一反発したのは小説仕事だった。


「ま、今遊べばいいよな」

 映画が始まるブザーが鳴る直前、翔は菜々美の耳元でそう囁いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る