第14話
金曜日の夜。翔は菜々美のマンションにやって来ていた。
手には酒やつまみが入った袋と、自分の服が入ったバッグを持って。
「それって帰ろうとしてないよね」
呆れて翔を見る菜々美は、仕事部屋のドアを閉めた。
「その部屋は?」
「仕事部屋。入らないでね」
本に囲まれたこの部屋は菜々美の聖域というべきところだろう。
(別に気にはしないけど、今は
山之内が送りつけてきた例のアレ。あれから山之内が様子を見に来てないから突っ返すに返せない。だから仕事部屋の隅に置かれたままだ。山之内も返されるのを分かってるから菜々美のところに来ないのだろう。様子はどうかと電話はかかってくるが。
「仕事はどう?」
菜々美の仕事を心配して聞いてくる。
「ん~……」
進まないのは相変わらずだった。
「そっちはどう?忙しい時期は過ぎた?」
リビングのローテーブルに、翔が買ってきた酒やつまみを並べる。
「ま、今月の忙しい時期は終わったよ」
「お疲れ様」
そう言いながら、缶ビールの蓋をパカッと開ける。
その姿を見ていた翔はふっと笑う。
「お前さ、ほんとに酒好きだよな」
「私の本当の父親が酒豪だったらしいよ」
「マジ?」
「うん」
もう記憶にはない、父親。菜々美が幼い頃に亡くなってる。それから菜々美と母親のふたりで暮らしてきた。
それが突然、養父が出来た。
そりゃ、折り合いが悪いに決まっている。
「記憶すら残ってないんだけどね」
実父のことは養父と暮らす前まではよく話をしてくれていた。だが養父と暮らし始めてからは、話してはくれなくなった。
養父に気を遣ってのことだろうが、菜々美はそれが悲しかった。
「そういえばぁ……、なぁに……に詰まって……るの?」
缶ビールを片手に言う翔に、菜々美は返答な困った。
セックス未経験だからそういうのを書けないとは言えない。
翔は既に酔ってて、菜々美の肩を抱く。
「このぉ……おれにぃ……、言ってぇ………ごらん………よ!」
「だ、大丈夫よ!」
翔から逃げるように立ち上がる。だけど、それを翔は許してはくれなかった。
「菜々美……」
後ろから抱きつかれた菜々美は、動けなくなった。どうしたらいいのか分からない。
(もう……、何度目?)
酔った翔にこんなことをされるのは、何度目だろう。
「ねぇ。中山くん。やめて!」
こんな状態でそんなことをしたくない。
パシッと、翔の手を叩く。
「菜々美を……抱きたい……」
首もとに唇を当てる翔は、腕を菜々美のお腹辺りで組んでいた。
「菜々美……」
「嫌よ」
まさかそんな風に突き放される言葉が返ってくるとは思ってなかった翔は、驚いて目を見開いた。
「こんな酔った人とそんな関係になりたくないわ」
きっぱりと言いきった菜々美から翔は離れて、座り込んだ。
そしてまた缶ビールを開けた。
そんな姿を見て、菜々美ももう一本缶ビールを開ける。
翔は抱きついてくることで、菜々美が好きだと体現している。だがそれに菜々美が答えられないでいる。
菜々美自身、翔の強い想いを受け止めるにはまだ時間が必要だったのだ。
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