第12話
「どこか行かないか」
何だかんだで菜々美の部屋に居座っていた翔は、そう言った。
「え?今から?」
「うん」
「えー……」
時刻はもう既に夜の8時を回ってる。こんな時間まで菜々美のマンションでグダグダとしていた翔。帰る様子もなくただ菜々美を抱きしめていた。
その状況に恥ずかしいと思いながらも、心の底では嬉しくもあった菜々美は、そのまま翔にされるがままの状態だった。
何をするわけではなく、ただそうしてるだけ。それが夜の8時になって急に出掛けようと言うものだから驚いた。
「その前に一旦、うち行っていい?」
後ろから抱きしめられているから、後ろを振り返るように翔の顔を見る。
「着替えたい」
今更ながら、着替えたいとのこと。
昨日着ていたスーツで今日も過ごしていたから、着替えたいとのこと。
「ん……」
菜々美はそう小さく返事を返した。
◇◇◇◇◇
翔はひとり暮らしをしていた。ワンルームのアパート。そこに大学生の頃からひとりで暮らしてる。
「実家からそんなに離れてないでしょ?」
「まぁな。けど、親が大学に入った時にひとりで暮らしてみろと」
それからひとりで暮らしてるらしい。
「菜々美は?なんでひとりで暮らしてるんだ」
「実家にいられないのよ」
「ん?」
「
翔は菜々美の家の事情は知らない。知ってるのはかよだけだ。
「そっか」
菜々美は翔に背を向けて座ってる。養父とのギクシャクした関係が、他人に理解されることはない。話すと必ず言われることがある。
『ちゃんと向き合いなよ』と。
それが菜々美にとって言われたくないことのひとつだった。
「おまたせ」
座ってる菜々美の顔を覗き込んだ翔は、ニコッと笑った。
「どこ行くの?」
「呑みに行こう」
「あのね!中山くん呑んじゃ……」
「菜々美がいるだろ」
菜々美がいるから大丈夫だろうと、翔は判断してのことだった。
◇◇◇◇◇
「結局こうなる……」
呆れた菜々美は、酔い潰れた翔をアパートに連れてきた。
「中山くん。着いたよ。鍵は?」
酔っぱらいながら、翔はポケットの中を探す。
無言で菜々美に鍵を渡すと、翔はその場にへたり込んでいた。
鍵を開けドアをあけると、翔の腕を掴み立ち上がらせる。
「ほら、入って!」
そう言って中へ押し込む。玄関にでーんと横になった翔に呆れながらも「ここじゃダメ!」と菜々美は声をかける。
菜々美にそう言われたからか、どうにか起き上がった翔は、後ろ手に鍵をかけていた。「菜々美……」
後ろから抱きついた翔にまた呆れる。
「中山くん、ダメだって」
翔から逃げようとする菜々美だが、翔は離してくれない。
(酔うとなんでこうなのかしら)
不思議に思いながらも翔をベッドまで連れていく。
ドサッと、ベッドの上に寝かせると翔から離れようとした。
「ダメ……」
「ん?」
「ここに……いろ」
「中山くん?」
グイっと腕を掴まれてベッドに引きずり込まれた。
「ちょ……っ、ちょっと!」
「静かにしろよ……」
菜々美を抱きしめる腕は酔ってるわりに力強い。
「ねぇ……、離して?」
「嫌だ」
「子供じゃないんだから」
そう言った菜々美に翔は言った。
「じゃ……、大人が……することを………、しよう……か?」
「え」
菜々美が動けないように力を入れて、じっと見つめる。
その目はまっすぐ菜々美を見ていた。
「ちゅ……っ」
音を立ててキスをしてきた翔に、抵抗が出来なかった。
一度唇が離れ、再び唇を重ねる。それを何度も繰り返した。
「んっ……あっ……」
思わずそんな声が漏れる。そのことに菜々美は恥ずかしくて顔を赤くする。
「ちょ……と、まっ……あ……んっ………」
「んな……声……、出され……たら」
菜々美を見下ろす翔は、もう一度菜々美にキスをする。
菜々美はどうしたらいいのか分からなかった。
24歳にもなってこんな経験はしたことないのだから。
「……んっ……っ……ま、まっ……て………!」
菜々美の声が届かないのか、深いキスをする。
キスをされるのが嫌なわけじゃない。だけど、どうしたらいいのか分からないだけ。
分からなさ過ぎてテンパる。
酔ってる翔はそれでもキスをしてこようとする。
「やめてっ!」
大声を出した菜々美にさすがに驚いた顔をする。
「……ほんとに……やめて………」
気付くと目から涙を流していた。
「菜々美……」
その涙を見て慌てて菜々美から離れる。
「………っ」
静かに菜々美は涙を流していた。その菜々美の頭をそっと撫でる。
「ごめん……」
謝って欲しいわけでもない菜々美はどう反応したらいいか分からない。
顔を隠して涙を見られないようにしているだけ。
翔はそっと菜々美を抱き寄せて「ごめん」と繰り返した。
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