第4話
仕事部屋から出ると翔が玄関先で寝転がったままだった。
菜々美はその姿を見て寝室へと入る。クローゼットの中から使っていない薄手の掛け布団を取り出す。いくらあまり寒くない時期だとしてもあのまま寝ていたら風邪をひくだろう。
玄関先で眠ってる翔に布団をかけようとした時、グイっ!と腕を引っ張られた。その拍子に菜々美は翔の上に転げるように覆い被さってしまった。
(わわわ……っ、どうしよっ)
菜々美の心の中は大騒ぎで、動けなくなっていた。
肝心の翔は寝惚けていて、そのままイビキをかいてる。
「動けない……」
掴まれた腕を振りほどけない。翔が離してくれない。
「中山くん。離れて……」
何度も何度も声をかける。それでも眠ったまま。
菜々美は諦めてその場で翔が起きるのを待つことにした。
◇◇◇◇◇
気付いたら朝になっていた。
いつの間にか眠ってしまっていたらしい菜々美は、隣にいる翔に一瞬ビクッと驚いた。
(あぁ……、そうか)
昨夜のことを思い出した。
もう翔は菜々美の腕を掴んではいない。ゆっくりと身体を起こす。
(身体痛い……)
玄関先の廊下で寝てしまったからか、身体のあちこちが痛い。
(結局、仕事も出来なかった)
恨めしそうに翔を見る。
重い身体を動かし、バスルームへ入る。昨夜のまま玄関先で眠ってしまったから酷い顔をしていた。
(お風呂入りたい)
玄関では翔が眠っている。そんな状態でシャワーを浴びれるのかと考える。でも身体は気持ち悪いと、シャワールームの鍵をかけて入ることにした。
シャワーを浴びてる間にもため息しか出ない。
いくら高校時代に好きだった人とはいえ、泥酔した人を連れて帰りその人に腕を掴まれたまま一緒に寝てしまった。
こんな恥ずかしいことはない。
シャワールームから出ると翔はまだ眠ったままだった。
寝室に入ると、身支度を整えてメイクする。メイクは菜々美にとって武装なのだ。1日の始まりの為の武装。儀式とでもいうべきか。
毎日キチッと身だしなみを整えないと気が済まない。寝室を出ると漸く起き上がって混乱している翔と目が合う。
「え?え?え?」
菜々美を見てますます混乱していた。
「な、な、な、なんで!?」
叫ぶと頭に響くらしく顔をしかめる。
「呑み過ぎ」
そう言ってリビングに行く。その後ろを翔が追いかける。
「ここって……?」
「私のマンション」
キッチンに回るとお湯を沸かす。インスタントだけどコーヒーを入れる為にカップを取り出した。
「中山くんも飲む?」
「あ……、あぁ」
どう言っていいのか分からない翔は、気のない返事を返す。まともに菜々美の顔を見れない。
コトッ。
テーブルにコーヒーを置く。
菜々美は毎朝の日課である、情報番組を観ている。
「……高梨」
恐る恐る菜々美に声をかける翔は、自分がどんな状態だったのか覚えていない。どうやって菜々美のマンションに来たのかもだ。
「おれ、一体なにした?」
菜々美の顔を見れないまま、聞いた。
「あぁ。居酒屋で泥酔して、私は仕事あるから帰る時に送って行くって一緒にタクシー乗ったんだけど、住所教えてくれなかったのよ。仕方なくここに連れてきた。で、玄関先で寝て動かないから、タオルケット持って来てあげたら私を掴んで、動けなくなってしまったから朝まで私も玄関先で寝てたわよ」
ヅラヅラと長い言葉を早口で話した。そうでもしないと恥ずかしさで赤面するからだ。
菜々美の話を聞いて、翔は項垂れた。
「マジごめん……」
全く覚えていないという翔は、菜々美の顔が見れない。なんと言ったらいいのかも分からなく、ただそうしていた。
「中山くん。お酒弱いわよね」
昨夜の姿を思い出しながら菜々美は言った。
「え」
「どのくらい呑んだのよ」
「んー……」
考えて込み思い出そうとする。
「4、いや5……だったかな」
曖昧な答えが返ってくる。
「弱っ」
菜々美からすれば弱いのだろう。5杯であそこまでになるなんて……と。
「高梨は結構飲んでた?」
「かよに言わせれば私は枠なんだって」
「なんだ、それ」
「ザルを通り越して枠だってさ」
それを聞いた翔は笑いだした。その笑顔は高校時代と変わらなかった。
「中山くん。私、仕事するから今日はもういい?」
そう聞くと「あ……、悪ぃ」と返ってくる。そして遠慮がちに言った。
「また連絡してもいいか?」
「いいよ」
「番号、昔と変わってない?」
「同じだよ」
菜々美のスマホにはずっと翔の番号が入っていた。翔のスマホにもだ。翔が消さないでいてくれことに菜々美は嬉しく思った。
「じゃ連絡する」
「うん」
申し訳なさそうな顔をしたまま、翔は菜々美のマンションを出ていく。菜々美も翔の後ろ姿を見送っていた。冷静を装って……。
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