第2話

 高校の同窓会。菜々美は自分にも連絡が来るとは思わなかった。

 菜々美の高校生活はキラキラとしたものではなかった。人付き合いが苦手なせいもある。その分、小説に没頭していた。

 小説の世界ではキラキラとした高校生が出てくる。そんな生活に憧れを持っていたのかもしれない。


「どうしよう……」

 同窓会に行ってもいいことないかもしれないと、行くことをやめようとしていた。



「私は行くよ」

 目の前にいる唯一の高校の時の友人、宮原かよが言う。たまに菜々美のところに来ては、回りのことを手伝ってくれたりしてる。

 菜々美は人付き合いが苦手なことからハウスキーパーなどは使わない。

「かよはいいよ。高校生活充実してたでしょ」

「そうでもないよ」

「彼氏いたのに」

「それだけじゃ充実してたかどうかなんて分からないじゃん」

 そう言って珈琲を入れてるかよを見る。当時のかよの彼氏は、菜々美が好きだった人の親友だった。今はかよは別の人と付き合っているが、いつも4人で遊んでいた。

 それでも好きな人とはまともに話せなかった。


「元気かな」

「え」

「中山くん」

 その名前にドキッとした。中山とは菜々美が好きだった中山翔。その名前を出されてはドキッとしないわけない。

「げ、元気なんじゃない?」

 かよは知ってる。菜々美の中にはまだ中山が存在していることを。

 それな悟られないように必死で取り繕う菜々美。

(だって……。大人になってもまだ高校生の時の初恋を拗らせてるなんて。恥ずかしい……)

 菜々美の心はざわついていた。




     ◇◇◇◇◇




 結局、かよの押しの強さに負けて同窓会へと行くとこになった。

 同窓会へ行く為に、締め切り前の原稿を書き上げた。山之内はそれを一通り読んでは笑顔でOKサインを出した。

 小説雑誌で連載を持ってるから、毎月のように締め切りは来る。それと同時に他の本の締め切りもある。これがまたなかなか大変。恋愛小説家として名を上げてしまったので、他のジャンルがなかなか書くことが出来ない。出来ないのではなく、世間が許さない。

 恋愛偏差値が低い菜々美にとってはかなりのハードな仕事だった。



「菜々美!」

 かよと待ち合わせて夜の街を歩く。久しぶりに履いたヒールがカツカツと鳴る。ヒールを履いただけで、随分と大人になった気分になるのはなぜだろう。

 年齢的にはもう成人してる大人だけど、実際の中身はまだまだ子供だと感じる。それでもガラス窓に写った自分を見ると、子供の頃に憧れを持っていた大人の女の人の格好をしていた。

(中身は全然ダメなのにね)

 大人にはいつなるんだろうと、感じないわけがなかった。



 会場は居酒屋だった。幹事はクラスの中でもキラキラな人種の大河晴斗おおかわはるとだった。

 晴斗はかよの元カレ。爽やか少年って感じだった。

「晴斗!」

 かよは何の抵抗もなく、晴斗に声をかける。

「おおー!元気かぁ」

 晴斗はかよに向かって笑った。爽やかな笑顔は今も健在だ。

「大人になったねぇ」

 かよはぽんと肩を叩く。

「こりゃ女の子はほっとかないよね」

「ん?オレ、今フリーだぞ。誰かいたら紹介してくれ」

「元カノに言うか、それ」

 ふたりは高校生の頃のように笑い合っていた。晴斗は菜々美に気付くと「よぉ」と笑顔を向けた。

「随分と変わったなぁ」

「え」

「キレイになった」

「だよねぇ」

 かよとふたりで菜々美の変化に驚いていた。

「かよ。あんたはしょっちゅう家に来るでしょ」

「うふふ」

 かよの笑いに思わず脱力する。

 そんな3人が会場の外で話してると、近付いてくる人物がいた。菜々美はその人物に気付かないでかよ達と話していた。



「よぉ!」

 声がした方を向くと、そこには翔が立っていた。

「随分と楽しそうだな」

 笑った笑顔はあの頃と変わらない。

「ん?あれ?」

 菜々美を見た翔は驚いていた。

「高梨か?」

「う、うん……」

 翔は菜々美から目が離せない。高校の時からキレイ目な菜々美だったが、あの頃より細くちょっとセクシーなお姉さんになっていたから、当時の男子から見たら驚くのも無理はない。

 まず、菜々美は高校の時は陰キャな人間性だったから余計に驚かれる。キレイな顔を隠しながら生きていたから。

「うわ……、マジか」

 菜々美を直視出来ない翔は何故か顔が真っ赤になっていた。


「そういう反応になるよね」

 面白そうにかよは言う。

 何が面白いのか、菜々美は少し不機嫌な顔をした。




     ◇◇◇◇◇




 大きな居酒屋ではなく、こぢんまりとした居酒屋で、その店は貸しきり状態だった。座敷の席が6テーブル。カウンター席が5席といった本当に小さな居酒屋。そこを選んだのはなぜだろうと思うくらいだった。


「では!みんなグラス持ったかぁ~?」

 ざわざわとしてる中、晴斗がそう叫ぶと全員がグラスを掲げてる。

「ではでは。久しぶりの再会に~!カンパイ~!」

 まだ飲んでもいないのに、このテンション。菜々美はついていけなかった。



「高梨!」

 晴斗がグラス片手にかよといるテーブルに翔と一緒にやってきた。

「しかし、こんなに変わるもんかね」

 まじまじと菜々美を見る。それを聞いていた回りの男子(というにはもうみんな大人だけど)たちも菜々美に視線を移す。

「あの頃、お前おとなしかったからなぁ」

「だよなぁ」

「こんな格好するようなやつには見えなかった」

 菜々美は黒いキャミソールの上に、黒いシースルーのトップスを着て、白いドットの入った黒いフレアスカートを履いていた。

 あの頃のクラスメイトたちは、菜々美がそんな格好をしてくるとは想像もつかなかったのだ。

「高校ん時、そんなんだっけ?」

「あー……」

 聞かれた菜々美はどう言おうか迷った。迷った挙げ句、こう言い放った。

養父ちちおやがひらひらした服とか可愛らしい服とか着てると男待ってるみたいだからって買ってもらえなかった」

 バイトもさせてくれなかったのも同じ理由。菜々美が小説家デビューしてなかったら、きっと大学も就職もさせてくれなかったと思う。まして一人暮らしなんてのも無理だった思う。


「うわっ。それって毒親?」

「それ、かーちゃんは何も言わなかったの?」

 次々と質問責めにされる菜々美。それを適当にあしらった。


(毒親?確かにそうかもしれない)

 菜々美はそう思ったが、口には出さなかった。

 言えばそれが現実味を帯びてしまう。それが嫌だった。

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