第2話ー③「どうにかなるさ」

PM7時30分 あたしは抜け殻のような体で、食堂に訪れた。


 「絞られたな。天ちゃんの時は彼女が匙投げだしてたけど、彼女、根性あるなぁ」


 「そう・・・なんだ・・・け・・どね」


 あたしは自分のレベルの低さを思い知った。 羽月にとっての勉強とは、記憶であり、どれだけ、効率的に暗記するかに掛かっていた。 当然、暗記だけでテストは乗り切れないが、彼女には応用に活かせる機転がある。それはきっと、様々な勉強による研鑽による物なのだろう。  「あたし、ば・・かだったんだ・・・・」


 「今頃、気付いたのかよ」


 「でも、このままだ・・・と、きら・・・われるから、炒飯作る」


 あたしは目を輝かせ、厨房に立った。


 「晴那の切り替わりの早さ、見習いたいよ」


 10分後 羽月はお手洗いを済ませ、食堂に現れた。


 「おまたせ!ご飯出来てるよ!」


 「ど、どうも・・・・」 羽月の口数が少ない。人んちでこんなのアウェーでしかないよね。


 「座って、座って」


 「なんか、ごめんね。うちのがうるさくて、疲れなかった?」


 「いや、その、あのえっと、はい。そんなことは」


 「そんな気遣い不要だからさ。もっと、コイツを絞ってやってくれよ。俺も昔教えたんだけど、全然人の話聴かないから、困ってたんだよね」


 「余計なこと言うなよ」


 少し照れる羽月の表情はとても愛らしい。少しは気がまぎれたのだろうか? 羽月は席に座り、辺りを確認した。


 「弟さん達は?」


 「もう、ご飯は終わらせた。今は風呂」


 「そんなことより、あたしの炒飯食べてよね。美味しいからさ」


 「自分でハードル上げるか、普通?」


 「本当のことだもーん」


 「そうだけどさ」


 羽月は小声で頂きますと言って、匙で炒飯を頬張り、少し咀嚼した後に頬が緩んでいるのが伝わって来た。


 「お、おいしいです」


 「でしょ?でしょでしょ?」


 「前のめり。引いてるだろ」


 にーちゃんはいつものように、あたしを静止させ、あたしは席に再び座った。


 「あの・・・お父さんとお母さんは?」


 「2人とも、残業。いつも、帰り遅いんだ」


 「そ、そうなんですね」


 「だから、にーちゃんとあたしで家事を分担してるんだ」


 「晴那は料理は好きだけど、洗濯とか、風呂掃除とかはたまにしかやらないけどね」


 「言わなくてもいいじゃん」


 「言わないとお前、自分の手柄にするだろ」


 羽月は笑うことは無かったが、嬉しそうなのは伝わって来る。この空気が嫌ではないのだろう。けれど、どうしたらいいのか、分からないのだ。 

 彼女の笑う姿が観たい。今日の彼女は怒ってばかり(原因は全部あたし)だったので、いつか、彼女が笑っている姿を見たかった。


 それから、羽月のお母さんが現れ、仲良くしてねと言われ、照れる彼女を背に2人は帰って行った。  

 見送り終わった後、あたしとにーちゃんは台所に戻り、洗い物をやっていた。


 「あの子、羽月さんって」


 「どうしたん、にーちゃん?」


 「いや、俺の同学年に羽月朔夜って言うのが居てさ。何か、そっくりだったんだよね。もしかして、姉妹なのかなって」


 「聞けば良かったのに」 あたしのこういう所が普通じゃないんだろうなという自覚はあるんだけどね。


 「言えるわけないだろ。初対面にお姉さんがお世話になってますなんて」


 それもそうかと頷きながら、あたしは皿を洗い終えた。


 「ただ・・・」


 「ん?」 にーちゃんの神妙な面持ちにあたしは気になってしまった。


 「いや・・・。彼女の手を放すなよ」


 「当然!当たり前だよ」 

 言葉の意味は何となく分かるが、どうして、にーちゃんはそんなことを言い出したか、あたしはいまいち呑み込めていなかった。


 「今更かもだけど、その目どうした?殴り合いの喧嘩でもしたんか?」


 「聞かないで。それと羽月はそんなことしないからね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る