第7話 竈生魔
それは人なのか、虫なのか・・・皮膚の所どころが茶褐色の土くれに固められ、両手足は”あさって”の方向を向いている。足関節は完全に逆に曲げられ立っているのがやっとという風に見える。右腕は肩関節から頭上の背後へと続き、脇から手の平が見えている。
最初は、何がなんだか分からなかった。
最近、街角で見られる人間を模した「マネキン」と言われる人形の様にも見え、現実味を一瞬、失っていた。
土のようにも見えたその茶褐色の物体は、糞が固められ乾燥した物のようにも見え、一部、残尿のように残された人間部分の皮膚はヌラヌラと濡れていて、火が踊り燃えているのに合わせてキラキラと輝きを反射させていた。
《こいつが・・・やったのか?》
不器用に曲がった四肢を駆使し、フラフラと異様な化け物がこちらへやってくる。私は恐れ慄き、とにかく人が居る方へ。敵だとか侵略者だとかはもうどうでもよかった。人でさえいれば誰でも良かった。村の主要道路を一目散に、とりあえずあの洋風建築の集会所へと走った。
途中、ひたすら走り逃げている最中、左手にあの「厠」が見えてきた。その中から誰かが出て来るように見え、立ち止まる。手にはもう灯りは無く、淡い月明りでしか見えない。厠の扉が開かれたが、中は先が無いブラックホールの様に漆黒の闇でしか無かった。
「おい!」
・・・返事が無い。ならばと、私は引き続きその場を走り抜けた。
背後からは、さっきの化け物が二体、ゆっくりと迫ってきていると考えていた。異質な恐怖から暑さの汗と冷や汗、脂汗が湧き出てくるのを感じる。
例の集会所へと到着し、大きめの正面扉、観音開きの片方の取っ手を掴み押し開けると、意外にもあっさりと扉は開いた。鍵などは掛かっていなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」
とりあえず一息付こうと、その扉を背後にもたれ掛けながら呼吸を整えて行く。
休憩の間、私の意識、五感は全て扉の外側へと向けられていた。何らかの声や物音は一つもしない。その安堵から心が少し落ち着いていき、建物内へと意識が向いたその瞬間、激臭が鼻を突いてきた。
「うわっ・・・・・・」
思わず鼻を抑えながら、前方に蝋燭の明かりが二つ見えたので、そちらへと怪訝で細めた目を向けた。
二つの灯りの中央奥で、何かがまた蠢いている。
先ほどのような群れの蠢きではなく、もっと大きな物がギシギシと左右に、教壇の向こう側で
私はゆっくりと、恐怖に怯えながらも、震えるぐらいの恐れから当然のように、この先に在るのは天使のような救済か、それともまた地獄の悪魔の再来か、確認するしか手は無かったのだ。
中央に置かれた教壇を迂回し、その存在をしっかりと確認した私は、絶叫と共にまた走り出した。
「うわあぁぁぁぁぁ!!」
反射的に逃げ出した私は扉へと体当たりをするかのように、中からは開き戸であるその扉を、バンバンと叩きながら助けを乞いた。
ギリギリギリギリギリギリ!
背後から、鳴き声とも犇き音とも言えない音が鳴り響く。さっき見た化け物がここでも『二体』・・・いや、さっき見た奴よりもより体中に糞のような土くれがびっしりと全身を覆いつくし、頭部も蟲のような触覚や顎を持った本物の化け物が舞台上で「交尾」していた!
私はその化け物の声に触発されたように、扉をなんとか震える手で引き開くことが出来た。もうこの村から立ち去ることを決めた。徒歩では何日も掛かっても構わない。とにかくこの場から逃げることしか頭には無かった。
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