第8話 夜景

 あれから彼女とは、なんとか距離を置いてよくある自然消滅ってパターンで関係は途絶えた。あんなことがあっては、どうしても普通に接することは疎か、会いたいと思うような感情になることこそ難しい。

 何回かは共通で使っているSNSへDMはきていた。



 何で突然、消えたの?

 何で返事してくれないの??



 どうやら彼女は事の経緯を覚えてないのか、それとも見てないのか・・・どういう流れで彼女と逸れて、あんな訳も分からない女と入れ替わったのか。彼女と話をして、確認もしたいという気にはなったが、それより恐怖心が勝っていて思い出したくもない体験な為に、申し訳ない気持ちでいっぱいだが仕方が無かったと自分に言い聞かせて何とか誤魔化してきた。




 そうして数年後、またある女性といい関係になり付き合い始めた。私は二度と観覧車には乗らないと決意し、順風満帆に関係は続いて行った。


 もう成人になって間もない頃だったので、カッコつけて正に馬子にも衣裳、似合わなくも夜景が綺麗なレストランでフレンチを楽しむ。高いビルから見下ろす景色は本当に絶景で、様々な光が地上を煌めかせている。夜空の星々が見えない代わりを果たそうと、多くの人工的な光源がエネルギーを消費していく。

 方々に張り巡らされたハイウェイをどんどんと、そして次々に流れて行く車のヘッドライト群は、まるで動脈を流れる赤血球や白血球のようにも見え、彼女は感動している最中で私はなんだか気持ち悪さを感じていた。


 お上品な食事を楽しみ、年代も価値も味もまだ分からないワインを舌鼓みながら引き続き夜景を堪能し、私たちは店を後にした。何十階もあるビルのエレベーターは合計六つも設備され、奥の二つは今いる上階から一気に二階、一階、そして地下三階まで直球で降りられるシャトル仕様で、私はそちらの下ボタンを押してエレベーターを待っていた。


 少し早めに夕食を済ませていた私たちの周囲に人気は無く、その間を埋めるかのように二人で口づけを何度も交わす。


 チーン!


 やっと到着したエレベーターは無人で、私たちはまた少しだけ喜んだ。

 この後の手筈は大人としてはもう決まっている。ちょっとしたBARで様々なお酒を嗜み、二人で一夜を過ごす。その流れが当然かのように暗黙だろうと、この時の私は考えていた。


 地下駐車場まで降りるのにも数分かかるそのビルのエレベーター内で、手を仲良く繋いでいる私はまた口づけをしようと彼女の顔の前まで覗き込んだ。すると、またそこには別の女が、数年前に現れた黒い女が手を繋ぎながら立っていた。


「う、うわぁぁあぁぁっ!!」


 私は何も成長していなかった。無様に狼狽え、情けない程に尻もちをついて怯えていた。黒い女はニヤニヤと笑みを浮かべながら、私の方を一切見ずに真っすぐに前方を見ている。なにが一番不気味だったかと言うと、まばたきを一切していないこと。

 私は急いで手あたり次第の階のボタンを押そうとするが、今いるこの『箱』はシャトルエレベーター。停まることなく淡々とこの鉄の箱は下へと音も無く降りて行く。


 私は諦めて箱の出入口である自動ドアの方へ顔を鼻先が付くほどに近づけて、後ろの『モノ』をとにかく見ないようにした。直感的にだが、見たり話しかけてはいけない。そう思った。


 ドク、ドク、ドク、ドク・・・・・・


 聞こえてくるのはエレベーターが降りる、スーーー・・・という音と自分の鼓動。


 早く早く早く早く早く早く!!


 真冬だったにも関わらず、私は汗が止まらなくなり呼吸も荒い。目の前のガラス張りの自動ドアの鏡面が自分の息でどんどんと曇る。後、たったの数秒という間が何時間にも感じた。


 チーン! 


車がある地下ではなく一階に到着した音からの、ドアが開く間すらも何十秒と感じ、少しの隙間からでも出たいとの思いで肩を強打しながら一階フロアをかけ走った。


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