第110話 実は母親でした(その8)
「よ、頼子さん。とりあえず服を着てください」
「服ねぇ……無いわね。記憶が曖昧だけど、どこかに置いてきたかもしれないわ」
「そっ、それじゃ、とりあえずこれを着ておいて」
仁は目のやり場に困り、近くにあった制服の白いワイシャツを手渡して、取りあえず着るようにお願いした。
「確かにこのままでは寒いわね。ありがと。仁君」
頼子は仁からワイシャツを受け取り身につけた。
「何となく仁君の匂いがする」
「あっ、洗ってあるから」
仁が手渡したのは洗濯済みのもので、着た後のものではなかった。ワイシャツの匂いを嗅ぎながら嬉しそうな表情をしている頼子を見て、仁は間違えて渡したのかもと思い、焦った表情を浮かべていた。
「ごめん、少し作業をするから寝ていて良いよ」
「うーん、何をしているの?」
仁はベッドから出るとパソコンの電源を入れ、株取引の画面を表示させた。
「よ、頼子さん。ちょっと近いよ」
パソコンに向かっている仁の背中に、頼子は体を当てて画面をのぞき込んでいた。仁の背中から頼子の柔らかい感触と体温の温もりが感じられた。
「何だか良くわからない数字がいっぱい並んでいるわね。ここに書かれているのは会社の名前かしら?」
「そうだね。これは株取引をするサイトの画面だよ。実は小遣い稼ぎに株取引をしているんだ。と言っても今は小遣い稼ぎの領域を超えちゃってるけど」
「そっ、そうなのね。私にはまったくわからない世界だわ」
株というのは名前くらいしかわからない頼子にとって、これをどうすれば小遣い稼ぎになるのか未知の世界であった。仁のしていることを少しでも理解しようと、頼子は仁の背中越しで何か吸収できるものがないか見守る姿勢を見せていた。
「よし、今日の入力はこんなものかな」
「えっ? もう終わりなの?」
仁は日課にしている入力作業を終えるとパソコンの電源を落とした。あまりの手際よさに頼子は仁が何をどのように操作しているのかまったく理解できなかった。
「終わったよ。何か大きな動きがあるときは、入力作業にもう少し時間をかけるけど、今日は特に大きな動きはなさそうだから、ほとんど確認作業だけだったよ。とりあえず用事も済んだし、頼子さんの服を探しに行こうか」
「そっ、そうね」
仁の作業が早かったのは、特に気にかかるようなニュースがなかったためで、そのようなときは、保有している株に大きな価格変動が無いかだけチェックして終わることもある。今朝はたまたまそういう日であった。学校へ行く時間も決まっているため、仁は先に頼子の服を探すことを提案し、2人は部屋を出て頼子が着ていた服の捜索作業に入った。
「廊下は見当たらないわね」
「階段も無いね」
仁と頼子は部屋を出てから、廊下を探したあと、階段を探した。だがお目当てのものは発見できなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます