第58話 ポケットの中の物(その2)

「何だろう、この紙? あっ、そう言えば!」


 音羽は、頭の中の記憶を探り、思い当たるものが見つかった。


「結局、返すのを忘れてしまってた」


 この紙は、仁にスカートの中を見られてしまい、そのお詫びと称して半分ふざけて要求したお金であった。そのときはすぐに返却するつもりでいたが、いろいろあったため、ポケットの中に入ったままになっていた。


「ちょ、ちょっと、嘘でしょ!」

「五月蠅いぞ!」


 ドン!


 音羽はポケットの中に入っていた紙幣を取り出し、この時点で初めて目視で確認した。すると、予想外のものが入っていて思わず大きな声を出してしまった。すると隣の部屋の住人が在宅であった為、壁ドンと共に怒鳴られてしまった。


(隣の人って、すこし大きな音を立てただけで、すぐ怒鳴るんだから、本当に嫌になっちゃう)


 集合住宅あるあるなのだが、壁の薄い建物の場合、大きな音を立てると隣の部屋にも聞こえてしまい、音による苦情を受けることがある。隣人は選べないので、音を気にする人が住んでいる場合は仕方ないことであった。


「それよりも、これよっ、1000円札だと思ったら10000円札じゃないのよっ。軽い気持ちでやったけど、これって恐喝になるかも」


 音羽は顔面蒼白になっていた。金額の大小は関係ないが、他人から金品を脅し取る行為は犯罪である。1000円ならスカートの中を見られた対価だと言い張れば言い逃れできそうだが、10000円になると話が異なる。しかも、自分から仁に対して拒絶をしてしまったため、お金を返したくないために、そのような行動に出たと受け止められかねないと考えてしまった。


「どうしよう、どうしよう、どうしよう。こんなことがお母さんに知られたら、どうして良いのかわからない」


 音羽は犯した罪の重さを考え過ぎ、これからどうして良いのかわからなくなり、夕食の支度が手に付かない状態になっていた。




「ただいま」

「おっ、お母さんっ、わっ、私、どうしていいのかわからないよ」

「音羽、どうしたの? とにかく落ち着いて。さあ、深呼吸をするわよ。ひっ、ひっ、ふぅー」

「「ひっ、ひっ、ふぅー」」


 音羽が深刻な悩みを抱え、何もできないまま時間が経過していった。頼子が仕事を終えて帰宅すると、音羽は助けを求める思いで頼子に抱きついた。音羽がまともな状態でないことを知った頼子は、話を聞くため落ち着かせるところから始めた。



「それで、何があったの?」

「実は……」


 音羽が深呼吸をして落ち着いたところで、頼子は彼女から事情を聞くことにした。


「なるほどね。それであのような状態になっていたのね」

「私、罪を犯してしまったから、お母さんに迷惑をかけることになるかもしれない」


 頼子は音羽から事情を聞き、音羽が悩んでいる内容を知った。


「お金を貰った後も、兼田君は普通に接していたのよね?」

「うん」

「それなら大丈夫だと思うわ」

「10000円だよ? 普通の学生なら大金だよ?」


 頼子はお金を貰った後のことを確認すると、安心した表情になっていた。音羽はなぜそのような表情をするのか疑問に思った。

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