第19話 初デートを終えて
(今日は楽しかった)
仁は大きなイルカのぬいぐるみを抱えている頼子の姿を、見えなくなるまで追っていた。初めてのことだらけであったが、今回のデートは仁の自己評価では成功したように思えた。
「よし、家に帰って来週のデートをどうするか考えよう」
仁は今回のデートで終わりにならず、次に繋げたことが嬉しかった。次回も彼女を喜ばせたいと思い、計画を練るため家路に就いた。
「ただいま。って言っても返事はないわね」
頼子は自宅に帰り、部屋を見回したが当然のことながら誰もいなかった。娘の音羽は生活費を稼ぐためにアルバイトに出ていた。だれもいない部屋に1人で立っていると、少し前まで仁と行動していたため、少々寂しい気持ちになってしまった。
「音羽が帰る前に、夕食の支度をしておかなきゃね。イルカ君、少しここで待っていてね」
頼子は仁に買って貰ったイルカのぬいぐるみを、居間兼寝室の6畳間に置いた後、借りた制服を脱ぎだした。
「音羽が学校で使う物だから、洗濯をしておきたいところだけど、乾かない可能性があるから、あとでアイロンだけ当てておこう」
頼子は音羽から借りていた制服を壁に掛けてから着替え、エプロンを装着してから夕食の支度に取りかかった。
「ただいま」
「おかえり」
頼子が夕食の支度を終えた頃、音羽がアルバイトから戻ってきた。
「うわっ、このイルカのぬいぐるみどうしたの?」
「えーっと、これは……」
音羽は家に入ると、真っ先に居間兼寝室に鎮座していたイルカのぬいぐるみに気が付いた。
「もしかして兼田君に買わせたの?」
「まっ、まあね」
音羽が頼子に尋ねると、頼子は仁に買って貰ったことを告げた。
「お母さん、やるねぇ。いくらしたの?」
「……27500円」
「うわぁ、こんなものを買わされたら兼田君涙目だね。まあ、私の弱みを握って脅そうとした報いよ。ここまで金銭的なダメージを与えれば、私の怖さがわかって、もう関わってこないはずだわ」
(音羽ごめんなさい。来週も会う約束をしてしまったの)
音羽は頼子からぬいぐるみの値段を聞き、勝ち誇ったような顔をしていた。だが、次の日曜に仁と会う約束をしていたことは、頼子の口から言えなかった。
「そっ、そうね。あっ、そうだ。夕食できているわよ」
頼子は話題を変えるため、夕食の支度ができていることを伝えた。
「お母さん、私、お腹ペコペコだったんだ」
音羽はちゃぶ台が置かれているところに座ると、頼子は夕食を並べ始めた。
「「いただきます」」
夕食の準備が終わり、頼子と音羽はちゃぶ台に置かれた夕食を食べ始めた。給料前のため、一汁一菜のささやかなものであったが、音羽は文句を言わず食べていた。
「ん? お母さん、あまり食べるのが進んでいないようだけど、調子が悪いの?」
「ううん、大丈夫よ。心配させてごめんなさい」
頼子は昼食を少し遅い時間で食べたため、あまりお腹が空いていなかった。音羽にそれを指摘され、頼子は心配させないように普段のペースを心がけながら食べ続けた。
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