第3話 港街への一歩

 異世界転移してきた翌日、ナギは深い眠りから覚めてアリシエから購入した服に着替えていく。


 半袖のシャツに、ロングパンツ、編み上げのサンダルのような履物。服の丈は問題なく、履物が少しだけ小さい気がしたが、贅沢は言っていられない。


 眠気眼ねむけまなこで朝食を食べるために食堂へ向かう。長時間眠っていた気がするが、どれくらい眠ったかはわからない。

 時計がなく、昨日の夕食時も時間を指定されなかったことから時間というものが曖昧あいまいなのかもしれないと思った。


「ナギ、おはよう! 眠そうな顔してるけど、眠れなかったの?」

「おはよう。よく眠れたよ。寝すぎて眠い感じ」


 他の宿泊客に朝食を運び終えたアリシエが元気良く挨拶してきたので、ナギも挨拶を返す。


「眠れたのなら良かったよ。ナギの今日の予定は? 夕食をどうするか知りたいから、決まってたら教えておいてほしいかな」


 今日中にも王都から旅立ち、海辺の街に向かいたいとナギは思っている。

 わからないことばかりではあるが、今はこの世界での自分を知らなければいけない。

 職業が学生ではなく〈釣り人〉となっているので、それを理解しない限りは前に進めそうにない。


 そのためにも昨日から気になっていたことを聞いておきたかった。


「アリシエか女将さんに少し聞きたいことがあるんだけど、手が空く暇とかあったりする?」

「内容にもよるけど、簡単なことなら今でもいいよ」


 聞くことは至ってシンプル。ナギにとっては死活問題であり簡単なことではないが、シンプルゆえに聞いた。


「ゴブリンの強さって、どれくらい?」

「ゴブリンって、あのどこにでもいるゴブリンのこと?」


 ナギにはわからないが、とりあえずうなずいておく。


「どこにでもいるゴブリンなら、冒険者になりたての新人ルーキーが戦闘の練習にする相手。魔物で一番弱いのがスライムで、その上がゴブリン。上位種はもっと強いらしいよ」


 ナギは下から数えて二番目の強さの魔物に殺されてしまう自分自身に驚愕きょうがくした。

 昨日見たステータスには〈生命力その他、全てへなちょこ。ゴブリン相手に死ぬ〉と記載されていた。最弱のスライム相手でも大怪我しそうである。


「俺は戦ったことがなくて気になってさ。見たことしかなかったから」


 ナギは平静をよそおい、適当に誤魔化すが心臓がバクバクして止まらない。

 アリシエは言った……ゴブリンはどこにでもいると。


「ナギは冒険者にならないの? 田舎から王都に出てくる人は冒険者志望が多いの。王都には依頼も多いからランクが上がると、かなり稼げるって話しだよ」


 その言葉に反応して他の席に座る冒険者の二人から声が掛けられた。冒険者なのは胸当てをしていたり、壁に剣や槍が立て掛けていることからすぐにわかった。


「アリシエちゃん、そいつは冒険者にはなれない。冒険者登録は誰でもできるが、そいつはひよこのF級の内に死ぬ」

「見ただけで誰でもわかるさ。肌も手も綺麗すぎる。何も訓練したことがないと語っているようなものだ」


 冷笑混じりに話してくる相手にナギは悔しさがつのるが何も言い返す言葉がない。

 元の世界にそんな危険なことはなく、武器を取る必要性はなかった。帰宅部で武道の経験もない。

 何よりこの世界でゴブリン相手に死ぬ人間だ。


 ナギは冒険者の言葉から、冒険者登録をしないと決めたことが正解だったと思った。

 ただ、新たに浮上した問題に頭を悩ますだけだ。


「冒険者にはなりませんよ。自分でも向いてないのはよくわかっています」


 苦笑いを浮かべつつ冒険者に返事をすると、つまらなさそうにそっぽを向かれた。


「ナギ、もし冒険者ギルドに行くことがあったら気を付けたほうがいいよ。新人狩りとかあるらしいからね」


 いつの間にかアリシエが隣に立ち耳元で囁かれことにナギはドキドキとした。

 快活な可愛らしい女の子が耳元で囁いたことに対してではなく、ナギは自分よりも強いと感じたアリシエに戦慄せんりつしたからだ。


 男として情けない気持ちになるが、せめて悟られるわけにはいかないと話題を変える。


「アリシエ、仕事中だよね。聞きたいことに答えてくれてありがとう。時間を取らせてごめん」

「そんなの気にしなくていいよ。何でも聞いてね」


 そう言葉を残して仕事に戻るアリシエを傍目はためにナギは熟考する。


 考えるのは海辺の街までのこと。早いところどれくらいの距離があって、交通手段は何があるのか、日数はどれくらい掛かるのかを知りたい。

 今日にでも旅立つと考えているのは金銭面に余裕がないことも大きい。


 そして先程の会話から大きな障害があることに頭を悩ませる。

 ゴブリンの存在だ。いや、ゴブリンだけではなくスライムもそうだが魔物の全てがやばい。出会えば死ぬ。


 王都に潮風は吹いていないし、異世界だから潮風がなくて実は海のそばとか楽観視は出来ない。内陸部だと考えて聞いたり調べたりしないと、無駄な落胆らくたんを味わうことになる。


 考えつつ機械的に食べた朝食は味が全くしなかった。



◇◇◇◇



 朝食後に王都内の通りを歩くと、何もわからないことに気付かされる。

 魔法らしきもので水を出している姿を見掛けたりしたが、原理は全くわからない。

 文字が読めるので何を取り扱う店かはわかっても、魔道具店などは説明を聞いたとしても理解出来るかは微妙なところだと思うしかない。


 その中でもわかったことは、元の世界よりも文明レベルがかなり低いということ。

 街を歩く皆の衣服は簡素であり、王宮でのことを思い出してみても着飾ってはいるが洗練されてはいない。

 食事は宿での夕食の時には思ったことだが味付けが大雑把であり、露店で何かの肉の串焼きを買ってみても同じだった。

 建物は平屋か二階建てのみで、王宮だけは高さがあるが四から五階建てくらいしかない。

 海へ向かうために調べたが、交通手段は馬車のみだった。


 ナギは広場の椅子に腰掛けて、答えの出ないことを考えていた。


「魔法があって、スキルがある……夢のような力の便利さは破格としか思えない。学生の俺でも有用な使い方なんて、いくらでも思い付くのに文明レベルが釣り合ってない」


 海へ行くために、色々と調べていたナギだが調べれば調べるほど違和感が大きくなっていた。

 文明レベルなどについては置いておくとして、港街のことを考えるが頭の片隅には残しておくことにする。


 露店などで買い食いをしつつ聞いた限りだと、乗合馬車を利用して王都から十日ほどで港街オシアナに着くということだった。

 街道沿いを進む上に、護衛として冒険者が同行するので安全なほうだということも知れた。


 理由があり旅立つのを明日に定めて、その後は一通り必要な物を購入するために店舗を物色した。



◇◇◇◇



 ナギは宿に戻ると女将さんに明日の朝に旅立つことを伝え、もう一泊分の宿泊料を支払う。


「アリシエから冒険者にはならないとは聞いたけど、もう旅立つのかい」

「はい。王都での用は済みましたから」

「そうかい。旅は疲れるからね。今日はのんびりと過ごしな」


 ナギは部屋に戻り、旅立つ支度を進めるが大してすることがなかった。必要な物を購入したといっても最低限のものだけしか購入していない。

 理由は所持金が心許ないことに尽きる。


『荷物はインベントリに収納することが出来ます。他者の前で使用することは避けて下さい』


「相変わらず、いきなり……インベントリオープン」


 何となく釣り竿を取り出した時とは逆に収納するイメージをしてみると荷物がインベントリに収まっていく。荷物が消えてはウィンドウに表示される項目が増えるだけで変な感じしかしない。


「他者の前での使用は避けると……バッグだけは出しておいて、いくつかは持っておいたほうがいいか」


 バックパックのような形をしているだけの品質には不安が残るバッグがぺしゃんこになるので、怪しまれないようにハリボテのために制服を丸めて嵩増かさましをしておく。


 王宮にいるみんなと同じようにこれからも勝手に届くであろう声は、みんなとの唯一の繋がりのように感じるので素直に従っておく。


「システム音声さん、見られる可能性を減らしたいから、取り出す時にバックパック内からとかの指定はできたりしない?」


『可能です。取り出す際に場所を指定して思い描いて下さい』


「システム音声さん!? 今、俺の質問に答えたってことで間違いない!? 一方通行じゃないの!?」


 ナギが勝手に名付けたシステム音声さんからは返答はない。


「システム音声さん、七人も主人公がいるのに一人だけモブって寂しいと思わないかな?」


 この問い掛けにもシステム音声さんからの返答はもちろんなく、ナギにむなしい思いを募らせただけである。


「もっと語り掛けてみたいけど、うざ絡みはやめておこ。スキルとかに変化があった時にアナウンスなしになったら困る」

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