ゴーストバスターズ

そら

第0話 出会い

 絶体絶命

 

 今の私の状況を一言で表すならこれほどに適切な言葉は他にない。

 

 なぜなら……


「グルオオオオオオオオ!!」


 鼓膜がはち切れんばかりの雄叫びを上げて、空気を震わせる———————ティラノサウルス。

 大昔に暴君として名をはせ、生態系の頂点に君臨する、言わずと知れた最強の生物。


 そんな存在が時代を超えて復活していた————————全身を骨に変えて。


 そう、ティラノサウルスは全身が骨格なのにも関わらず、生きているかのように柔軟に動いていた。


 まるで、フィクションのような世界だが、これは現実だ。


「い、いやだ……こ、こないで……」


 怯える私にティラノサウルスは嘲笑い、恐怖を煽るように、一歩一歩、ゆっくりと近づいてくる。


 近づくたびに、ティラノサウルスの腹部にある、青い水晶玉が私を酷く照らす。


 眩しいくらいの青い光を浴び、この悪夢から目覚めることを頼みの綱とするも、無残にその願いは朽ちる。


 現実から目を逸らし続けた私は、目の前の起こる事象は事実だと認識したとたんに。


 死……という言葉が突如として脳裏をよぎる。


 そこから、私の恐怖度は青天井に上がり続け。


「いやあああ! 死にたくない! 死にたくない! 嫌だ! やめてえええええ!」


 恐怖による錯乱状態に陥り、ただ無闇に叫び散らかす機械と化してしまう。


 私は既に、死のことしか頭になく、自分のことを今にでも捕食しようとするティラノサウルス対して、もはや眼中にない。


 死にたくない、嫌だ、その二つの言葉が交互に口から発せられ、最終的には、死にたくないという言葉一つだけに絞られてしまう。


「死にたくない! 死にたくない! 死にたくない! 死にたくな……」


「グオオオオ!!!!」


 私の言葉尻を、歓喜の咆哮により打ち消したティラノサウルスは、口を開けて、私の方へと近づく。


 恐怖に陥っていた私は、ティラノサウルスによる咆哮により強制的に静止させられる。


 鋭い牙を剥き出し、私を食わんとするティラノサウルスを見ながら、走馬灯を見始める。

 この十三年間、ただ、平凡に生き、何かを成し遂げることもなく、努力すら縁のない人生を送る日々。


 こうして振り返ると何とも面白みのない人生だなあ。


 こんな危機的状況なのにも関わらず、自嘲気味に笑ってしまうのは、精神を恐怖に毒されてしまった結果、私という人間が壊れてしまったからであろう。

 とはいえ、そんな壊れた私でも、死にたくない! という感情だけは手放すことは出来なかった。


 走馬灯を見ている内にも、ティラノサウルスは口を開けて、丸呑みにしようと試みる。


「死に、たく、ない……」


 その言葉と同時に―—―


 ドゴオオオオン!!


 爆発音だけが鼓膜を満たした。


 あ、死んだんだ……

 

 私の中では、純粋に死んだという感想のみが浮かび上がる。


 死ぬ時って、もっと痛いのかと思っていたけど、そうでもないんだ……


 他人事のように死の体験談を述べる私は、その次にいつ意識が途切れるだろうと、 そのことで頭がいっぱいだった。


 が、何秒立っても意識は途切れることはなかった。


 それより、私の身体を支えるような抱っこされている感触が伝わって、何事かと、瞼をゆっくりと開ける。


 暗闇を支配していた黒は、光を投じて、白に移り変わり、そして―—―


「え……?」


 私の視界に映るのは、黒髪を靡かせる少女の姿。


 その少女を観察する暇もなく、胃が浮遊するような感覚が突如としてほとばしる。


 五メートルほどの高さから、重力に逆らうことなく、落下していく。


「い、いやああああ!!!」

 恐さのあまり絶叫を響き渡らせ、涙をまき散らす私は。


 無意識にぎゅっと目を瞑り、死なないことを、熱心に祈りを捧げていると、浮遊感が消失。


「もう大丈夫だからね」


 清流のせせらぎのような透明感のある声。


 衝動的にその声につられて、私はぱっと目を開いた。


 視界一杯に映るのは、美しいと形容せざるを得ないくらいの、美が存在していた。


 染み一つない肌は雪を連想するように白く、春の訪れを感じさせる桜色の唇。長いまつ毛の下には大きな黒い瞳が毅然とした力強さを放っている。


 美を象徴する少女に魅了された私は、さっきまで死の恐怖でパニックになったのが嘘のように、心の静けさを取り戻していた。


 少女は、私を地面へと優しく下ろした後、柔和な笑顔で頭を撫でると、ひるがえし、今もなお、土煙に頭を突っ込むティラノサウルスへと足を運んだ。


 悠然たる佇まいで、ティラノサウルスと対峙する黒髪の少女。


 遠目から少女を眺める私は、あるものに目を引く。


 本来なら、一般人が持つことが許されることのない、凶器となりえる品物————刀が少女の腰に携えていた。


 少女は右手で刀の柄を持つと、ゆっくり引っ張り上げる。


 淡く白い輝きが刀身に纏い、たち込める暗雲を晴らす一筋の陽光のように、暗闇が支配する博物館内を淡く照らす。


 その光に反応するように、ティラノサウルスはゆっくりと顔を上げ、少女を見据えた。


 驚くくらいの静けさが館内を満たし、ピリピリとした緊張感が肌を刺激する。。


 私はその空気に気圧されて、息を殺し、心臓の鼓動を抑え込もうと胸に手を当てる。

 喉の渇きが疼き、無意識に、ごくっと唾を飲みこんだ。


「グルオオオオオオ!!!」


 私の唾を飲みこむ音が聞こえたかのように、ティラノサウルスは気合の咆哮を上げて、戦闘態勢に入った。


 目の前の白制服の少女を捕食しようと、顔を近づけるティラノサウルス。


 少女は右足を踏み込むと、真っ直ぐに駆けた。


 音速ような驚異的なスピードで、少女はティラノサウルスの噛み付き攻撃を回避した後、巨躯の身体へともぐりこみ、右足を目掛けて刀を振るった。


 キーン!


 耳鳴り音が響く。


「グルアアアアア!!」


 ティラノサウルスの痛みを訴えるような声。


 それでも、怯むことなく右足を持ちあげ、地面を踏みつぶした。


 ドゴオオオン!!!!


 たった一つの攻撃で、爆発音、地響き、砂塵、衝撃波が巻き起こり、展示してある恐竜たちの骨骨が、雪崩のように崩れ落ちる。


 ティラノサウルスの右足の下には、大きな陥没が出来ており、そこに、少女の圧縮した姿が————無く。


「グルア!?」


 ティラノサウルスが上空へと視線を移し、驚きに満ちた声を上げる。


 遙か上空に位置する場所で、白く発光する刀身が少女を照らし、神々しいという形容詞が付け加えられた。


 その様はまさに、天使であるかのように。


「きれい……」


 その美しさに、その綺麗さに、その神々しさに、魅了され、私の中の何かが沸々と沸き上がる。


「はあああああああ!!!」


 少女の凛とした気合の叫び。


 重力に逆らうことなく、落下スピードを上げていき、ティラノサウルスの頭と身体をつなぐ首辺りに目掛けて一刀両断。


 白い軌跡が光輝いた後に、ティラノサウルスの頭は、胴体とさよならをした。


 少女は休むことなく、再び右足を狙い、駆ける。


 最初の一打で、切断することはかなわなかったが、二度目の攻撃にて、ティラノサウルスの右足首に切断面が現れた。


 身体を支える足が一本消失したことにより、バランスを崩し、地面へと倒れ伏した。


 少女はティラノサウルスのお腹にある、青く光る水晶玉目掛けて、刀を振り下ろす。


 ぱりん!


 ガラスが割れるような甲高い音が響き渡り、青い光を纏うガラスの破片たちは、星々に加わるべく、重力に逆らって、天上へと舞い上がる。


 幻想的で神秘的な美しい光景は、さしも私も目を見張るものがあり、終わりを告げるその時まで、目を離すことは出来ずにいた。


 少女はポケットから端末を取り出し、誰かと連絡を取り合った後、私の元へと歩み寄っていく。


 一歩一歩こちらに近づくたびに、私の熱い何かが込みあがる。


「大丈夫? 怪我はない?」


「は、ははは、はい! だ、大丈夫でしゅ!」


 緊張のせいで噛んでしまった私は、恥ずかしさのあまり、うめき声を上げながら俯いてしまう。


「うんうん、元気そうなら安心だわ。 ふふ、それにしても、顔を真っ赤にしてかわいい」


「う、うう……」


 もう私のばかばか! どうして、嚙んじゃうのよ……


 醜態をさらしてしまった自分に非難を浴びせていると。


「さてと! そろそろここから出ましょうか。立てる?」


 少女は、私の前に右手を差し出し、優しく微笑む。


 凄くきれいだなあ……


 少女の端正な顔立ちに意識を乗っ取られた私は、ぼーっと見惚れてしまう。


「あ、あれ? だ、大丈夫?」


「はっ! す、すすすすみません!」


 私は慌てて差し出された手を掴むと、少女は軽々と引っ張り上げて立たせてくれる。


「さて、それじゃあ、行きましょうか」


 踵を返す少女に。


「あ、あの!」


「うん?」


 私の声に反応した少女は振り向き、その黒い瞳に私を映した。


「えっと、あの、その……お、お名前を聞きたいなと思いまして」


 私は俯きながら、人差し指と人差し指を胸の前でちょんちょんと当てる。


「ふふ、良いわよ。 私の名前は白雪雫しらゆきしずく


「しら、ゆ、き、しず、くさん……」


 少女の名前を忘れまいと、何度も心の中で、白雪雫と連呼し、脳に名前を刻む。


 この出会いをきっかけに、私の人生は大きな転換期を迎えることとなった。

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