第13話 エンソ

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エンソ・・・寿司屋で従業員が食べるまかない食のこと。


             ***


2時以降から、ようやく学食はすいてくる。友達のいないむぎ子は、そこを狙って学食へ行く。そして、窓辺のカウンター席に座って、一人、醤油をたっぷりかけたネギトロ丼を食べる。一人でも寂しくないという顔をして、堂々と。


窓の外では、演劇同好会が殺陣のお披露目をしている。誰も足を止める者はいない。しかし、昼下がりの太陽のもと、汗水垂らして笑いあう彼らの姿は、むぎ子の心を爽やかに、確実に抉ってゆく。


「こんにちは」


突然声をかけられて、身をすくめた。いつの間にか、隣の席に、星野がニコニコしながら座っている。そこへ置いてあったむぎ子のカバンは図々しくも、その隣の席に避けられてある。


「どうも」自分で思っている以上に、不機嫌な声が出てしまう。


「おいしそうですね、それ。あ、欲しいっていってるわけじゃないんで」


「わかってます」


「あの、そんなに警戒しないで。これ、完成したの、渡しにきただけですから。課題、送ってくれて、ありがとうございます」


「別に、星野くんのために出したわけじゃあないよ」


「ははは。それもそうか。」星野は頭をぼりぼり掻いた。「まあ、そんなわけなんで。ゼミ、来週こそは、きてくださいね」


そう言って、星野はゼミの雑誌を差し出した。むぎ子のやけくそな論文が、しっかりと掲載されてあった。


「それじゃあ、また。邪魔して、すみませんでした」


そう言い残して、星野はそそくさと去って行く。そっと振り返ると、星野は入り口のところでたむろしているイケメン数人の輪の中に混じって、ゲラゲラ笑っていた。時折こちらを見やりながら、イケメンたちと、何事かを話している。むぎ子は慌てて前を向く。


パラパラと本をめくる。「殺人探偵!鬼瓦ちゃん 星野太郎」のページで手を止めた。


それは、ごちゃごちゃしてわけのわからない、ドストエフスキーさを微塵も感じさせない下手くそな小説であった。どうやら、大学構内で起こる残忍な殺人事件を、何事に対しても斜に構えすぎる、ひねくれた女子学生、鬼瓦ちゃんが、次々に事件を解決してゆくという内容のものらしい。


しかし、あまりの読みにくさに、10行ほどで断念した。むぎ子はしかし、どこか安心している自分に気がついた。これでもし星野が、文章の手練れだったりしたら、本当にもう2度と口も利きたくないほどにムカついたであろうから。

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