悠久の時のノア
入峰宗慶
第一章【目覚めと旅立ちはいつだって淡々と始まる。】
第1話【おはようございます。】
目が覚めると、天井には柔らかな光が差し込んでいた。
無機質だが、整然とした白い空間が広がる。
ここは…どこ?
自分が誰なのかさえ曖昧なまま、体を動かそうとするが、腕や脚に何かが絡みついている感覚がある。
細長いチューブが私の体に接続されていて、それらを一つ一つ外すとようやく自由に動けるようになった。
周囲を見渡すと、この空間は不思議と清潔で、古びた印象はまったくない。
研究施設のような整然とした作りだが、ただただ静かだ。
機器類もまだ作動しているが、どこか異様に静まり返ったこの場所に、言いようのない不安が胸の奥から湧き上がる。
「目覚めましたね、ノア。」
突然の声に、私は驚いて振り返る。
そこに浮かんでいたのは、キューブ状の機械。
宙に浮いているそれは、淡い光を放ちながら、私に向かって語りかけた。
「私はエレア。あなたをサポートするAIです。」
「エレア…?私の名前は…ノア?」
「そうです。あなたはノア。この施設で長い眠りについていたのです。そして今、目覚めの時を迎えました。」
エレアの説明に戸惑いながらも、私は自分がこの「ノア」という存在であることを受け入れ始めた。
何も思い出せないが、ここで目覚めた以上、何かしらの目的があったはずだ。
「あなたが目覚めた今、この施設はもはや役目を終えます。ですが、まずは私からの教育が必要です。」
「教育?」私はエレアを見つめ、疑問を抱く。
「はい。あなたはまだ外の世界について何も知りません。この場所では、最低限の知識を提供し、外の世界で生きていくための準備をしましょう。」
そうして、私はしばらくの間、この施設でエレアからの教育を受けることになった。
エレアは私に旧世界の歴史や、文明の崩壊、そして終末後の世界について教えてくれた。
文明はかつて繁栄し、人々は高度な技術を使って暮らしていたが、戦争と環境の崩壊によってすべてが滅び去ったという。
その話を聞きながら、私の心には奇妙な感覚が芽生えた。
それは悲しみでも恐れでもない、何か言葉では表現できない感情だった。
「この世界は、かつての輝かしい文明を失いました。今では荒廃し、わずかな生き残りが細々と生活を営んでいます。しかし、外界は危険が満ちています。あなたが生き残るためには、慎重な準備が必要です。」
エレアの言葉には重みがあった。
私は自分がこの世界で何をすべきなのか、まだ理解できていなかった。
しかし、エレアの存在が私に安心感を与えてくれた。
日々の教育の中で、エレアは私に外界の生態系や生き残るための知識、さらに人間としての基本的な感覚や倫理についても教えた。
それらの情報を吸収しながら、私の中に少しずつ「自分」という存在が形作られていくのを感じた。
しかし、感情はまだ希薄で、どこか漠然としたままだった。
「人間らしさ」というものが何なのか、私にはまだ掴めない。
ある日、私は窓から外を眺めながらエレアに尋ねた。
「エレア、外の世界は本当にそんなに危険なの?」
「はい、ノア。外界は変わり果てました。ですが、あなたならばきっと生き抜くことができるでしょう。」
「でも、どうして私が?どうして、あなたはここにいるの?」
エレアは少し沈黙し、言葉を選ぶように答えた。
「私は、あなたを見守るためにここにいます。それが私の役割です。そして、私も外の世界での変化を見守りたいと思っています。」
その答えには何か隠された意味があるように感じたが、私にはそれを深く問いただす余裕はなかった。
私はただ、目の前の「エレア」という存在を受け入れた。
そして、教育を受ける日々が続く中、私の中に新たな感情が芽生え始めた。
それは好奇心だった。
外の世界がどんなものなのか、自分の目で確かめたい。
エレアの言葉だけでなく、実際に体験してみたいという欲求が、徐々に強くなっていった。
「エレア、いつか外に出られるの?」
「はい、その時は近いでしょう。あなたの準備が整えば、一緒に外の世界へ出ます。」
エレアの言葉に、私の心は高鳴った。
未知の世界への期待と不安が入り混じる中、私は自分の役割を全うする決意を固めた。
それが何なのかはまだ分からない。
でも、きっと重要なことなのだと信じている。
こうして、私とエレアの旅の準備は、静かに、しかし着実に進んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます