サイドストーリー: エンジニアの視点
ブライアンは、コーディングに没頭していた。ノートパソコンの画面上に行き交うコードの流れに目を細め、指は高速でキーボードを叩き続ける。彼にとって、これほど満足感を与えてくれる作業はない。複雑なシステムを最適化し、問題を解決する。その過程こそが、彼の中で最も充実した瞬間だった。
「いい感じだ……」彼は小さく呟いた。スマートファクトリーの自動化システムが理想的に動作し、生産性の大幅な向上が確認された。完璧な設計と実装の結果だ。
ブライアンにとって、技術の進歩は何よりも価値がある。技術は人々に豊かさをもたらし、生活を向上させる力があると信じて疑わなかった。彼の仕事が誰かを不幸にするなどという考えは、一度も浮かんだことがなかった。
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フィオナが率いるこのプロジェクトは、ブライアンにとって理想的な挑戦だった。技術者としての腕を存分に振るい、あらゆる要求に応じ、システムを限界まで最適化する。それは彼にとって誇りであり、使命感だった。
彼は、スマートファクトリーの技術が世界を変えることを確信していた。手作業で行っていた工程が自動化され、効率が何倍にも向上する。それにより、労働者たちは単調な作業から解放され、より高度な仕事に携わる機会が増えると信じていた。彼が設計するシステムは、その未来を切り開く鍵だ。
「これを使う人たちがどれだけ幸せになれるだろうか……」彼は画面を見つめながら、そう心の中で思った。
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だが、彼は同時に少し「困った問題」を抱えていた。ユーザーからの要望が次々と増え続けるのだ。あれもこれもと要求され、その度にブライアンは「できるかぎりのこと」をして応えてきた。彼には、ユーザーを幸せにするために技術を提供することが当然のことだと思っていたが、それが時には行き過ぎてしまうこともあった。
「ブライアン、ここの機能をもう少し使いやすくできないか?」
「この工程も自動化できるよね?」
「もっと効率的な方法があるはずだよな?」
彼の周囲からの要求は絶えず、彼はそれらすべてに応じた。次第に彼の技術は「当たり前」のものとして受け取られるようになり、人々はそれ以上のものを求めるようになっていた。彼が築き上げた技術が、もはや当然のものであるかのように。
ブライアン自身はその状況に特に不満を持ってはいなかった。それは彼の自尊心でもあった。自分の技術が多くの人に認められ、必要とされることが何よりの誇りだったのだ。彼が誰かのために尽くすことが、技術者としての存在意義であり、彼の人生そのものだった。
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ある日のこと、ブライアンはフィオナとエドとの会議に参加した。プロジェクトの次の段階について話し合う場だったが、エドから新たな指示が飛び出した。
「次のステージでは、さらに生産性を倍増させる計画が進行中だ。ブライアン、君の技術に期待している」
ブライアンはその言葉に心が躍った。さらなる効率化の課題が与えられたのだ。彼はすぐに頭の中で新たな設計案を組み立て始めた。機械をより効率的に動かし、さらに多くのプロセスを自動化するアイデアが次々と浮かんでくる。彼はその瞬間を待ち望んでいた。
「了解です。もっと素晴らしいシステムをお見せしますよ」
彼は自信に満ちた表情で答えた。ユーザーたちがどれだけ喜んでくれるかを思い描きながら。
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ブライアンは、その夜もオフィスに残ってコーディングを続けていた。彼の頭の中では、効率化のアイデアが次々と生まれ、そのすべてを形にする作業が進められていた。彼にとっては、これは純粋な創造の喜びだった。
彼は人々のために働いている。技術が彼らの生活を豊かにし、工学が幸せをもたらす。それこそが、彼の信じる真実だった。だからこそ、彼は迷うことなく技術の限界を追求し続ける。彼にはその結果がもたらす負の側面が見えないし、見ようとも思わない。
彼にとって技術はただ進歩し、より良い未来を切り開くものでしかなかった。
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