エピローグ10:エドとマイケルの視点 (2/2)
雨上がりのダブリンの街。外は少し肌寒いが、パブの中は暖かい雰囲気に包まれていた。エドは、仕事を終えて少しリラックスするために、よく通っているこのパブに立ち寄った。木製のカウンターにはすでに数人の客が座っていて、店内の片隅ではアイリッシュバンドが楽しげな音楽を奏でている。
エドはカウンターに座ると、いつものようにギネスビールを頼んだ。しばらくすると、彼の隣に一人の年配の男性が座った。マイケル・オサリバンだ。エドは彼のことを見知ってはいたが、深い会話を交わしたことはなかった。二人ともこのパブの常連だったが、彼らの関係はあくまで「顔なじみ」程度のものだった。
「このバンド、いい音出してるな」マイケルがビールを飲みながら、アイリッシュバンドの演奏を聞いて言った。
「ええ、なかなかですね。ここの音楽はいつも気に入っています」エドも軽く応じた。
二人の会話は、アイリッシュバンドの音楽をBGMに、軽く交わされる。ビジネスの話も、家族の話も出ない。ただ、音楽とビールを楽しむ静かな時間が流れていた。
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「君もこのあたりに住んでるのか?」マイケルがふと尋ねた。
「ええ、近所ですよ。あまり家にはいませんが」エドは笑いながら答えた。
「そうか、俺もこの近くに住んでいる。もう何年も住んでるんだが、気づけばこの街も変わったもんだ」マイケルはビールをすすりながら言った。
エドもこの街の変化について思いを巡らせた。投資家としてこの街の発展や変貌を見守ってきた彼にとって、変化はビジネスの機会でもあった。しかし、マイケルのような古くからの住人にとっては、必ずしもそうではないのだろう、と少し感じた。
「変化ってのは、良いことも悪いこともありますよね」エドが少し考えながら言った。
「まあ、確かにな。新しいものが入ってくる一方で、古いものが消えていく……」マイケルの言葉には少しの寂しさが含まれていた。
二人は再び黙り込み、ビールを口に運んだ。外ではまた小雨が降り始めていたが、パブの中はまだ暖かさを保っていた。
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「お前は何の仕事をしてるんだ?」マイケルがふと尋ねた。
エドは一瞬言葉を探した。「まあ、投資をしているんです。地域の発展に関わるようなプロジェクトにも興味がありまして」
「へえ、投資か。最近うちの娘も、そんな仕事に関わってるんだが、俺にはよくわからん。投資ってのは、大金持ちのやることって印象が強くてな」
エドはその言葉に少し笑った。「そうですね、投資は大きなお金が絡むこともあります。でも、地域を支えるためのプロジェクトにも役立つんですよ。娘さんもそんなことを?」
「そうさ。娘は今、地元の伝統を守るために色々と頑張っている。俺はついていけないところもあるが、彼女なりに道を見つけているらしい」マイケルは誇らしげに笑った。
エドはその話を聞きながら、心の中で少し驚いた。彼も最近、アイルランドの伝統工芸や観光に関連したプロジェクトに投資している。だが、まさかこの男の娘がそのプロジェクトの中心人物であることなど、夢にも思っていなかった。
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「それは素晴らしいですね。伝統を守るために働いているなんて、立派なことです」エドは感心した様子で答えた。
「まあな。お前さんの仕事も地域に関わるプロジェクトなら、どこかで娘と会うかもしれんぞ」マイケルは冗談交じりに言った。
エドは微笑みながらビールを飲んだ。彼が投資しているプロジェクトが、マイケルの娘、つまりフィオナのものであることは、まだ誰にも話していなかったし、今この場で話す必要も感じなかった。ただ、この男と彼の娘が、彼の投資によってどのような未来を迎えるかを想像すると、少し皮肉に感じる自分がいた。
「ええ、そうかもしれませんね」エドは穏やかに答えた。
その後、二人はまた音楽に耳を傾け、特に深い会話を交わすことはなかった。ただ、アイリッシュバンドの軽快な音楽がパブの中を包み込み、二人の間にゆったりとした空気が流れていた。
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エドとマイケルはそれぞれの人生を生きながら、偶然同じパブで、同じ時間を共有している。それぞれがフィオナに対して異なる思いを抱きつつも、互いにその事実を知らずにいる。静かな時間は、二人にとって特別な意味を持たずに過ぎていく。
パブの外で、雨が少しずつ強くなっていく中、二人はそれぞれの思いを胸に、もう一杯のビールを頼んだ。
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