エピソード10:エドの視点 (1/2)



エド・カーネギーは、フィオナの熱のこもったプレゼンテーションを聞きながら、目の前の資料に視線を落としていた。彼は無表情のまま、フィオナが示す数値や将来の展望を丁寧に読み込んでいた。数字は整っているし、アイデアも悪くない。だが、彼女の語る理想は、どこか現実味に欠けるように感じていた。


「彼女の情熱は本物だが、理想は甘い……」エドは心の中で呟いた。


フィオナの提案は、アイルランドの伝統工芸や地域社会を守り、持続可能な未来を築くという崇高なものだ。しかし、彼が求めているのは冷徹な現実に根ざしたビジネスの成功だった。彼が投資するプロジェクトは、リスクを抑え、確実に収益を上げるものでなければならない。フィオナが提示するプランには確かにポテンシャルがあるが、彼女がまだ見ていないリスクが山積みだと、エドは感じていた。


「収益予測は10%成長か……」エドはペンを回しながら考え込んだ。


彼の目には、フィオナが描く未来は美しくもあり、また脆くも映っていた。彼女が気づいていない最大のリスクは、外部環境の変化だった。観光業は特に外部の経済状況や社会的な影響を受けやすい。世界経済が不安定になれば、観光客はすぐに減少し、オンライン販売もまた一時的なブームに終わるかもしれない。そんな不安定な要素に依存して、彼女の計画が成立するとは限らない。


だが、彼はフィオナにその思いを直接伝えることはなかった。投資家として、彼は冷静に計算し、失敗した場合のリスクヘッジを常に念頭に置いて行動している。彼の顔には穏やかな笑みが浮かんでいたが、その裏ではフィオナが考えもしないような保険をかけていた。


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エドの頭には、彼が過去に関わったいくつものプロジェクトの記憶が蘇っていた。いくつかのプロジェクトは成功し、いくつかは失敗したが、彼は常に自分の立場を確保する方法を心得ていた。


「同じ轍を踏むわけにはいかない……」エドはそう考えながら、フィオナが続ける説明を静かに聞いていた。


彼がアメリカで培った投資哲学は、クリーンでありながらも徹底的にリスクを排除するものだった。外見上はフィオナに賛同し、彼女のプロジェクトを支持しているように見えるが、エドの心の奥底には別の計算があった。彼は、失敗した場合に備えた「ソフトランディング」の手段をいつも頭に置いている。


フィオナがアイルランドの地域経済を守るために戦っている一方で、エドは彼女の成功を利用し、万が一失敗した場合には自分が損をしないような対策を練っていた。それは、彼が長年の経験で培ってきたビジネスの本質だった。


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エドはかつて、アイルランドが金融危機に陥った時にその余波を間近で見てきた。アイルランドの多くの企業や人々が、外資に頼らざるを得なかった状況を、彼はビジネスチャンスとして捉えていた。今では、彼のような投資家が次々とアイルランドに参入し、土地や企業を買い漁っている。フィオナが望む未来は、こうした外資の影響力を抑え、自立した経済を築くことだが、エドにとってはそれは理想論に過ぎなかった。


彼はアメリカンドリームを追い求めたアイルランド人移民たちが、今度は逆にアイルランドへ戻り、IT人材として新たなチャンスを掴む時代が来ることを見越していた。フィオナが掲げる伝統工芸やエコツーリズムは、時代の変化に取り残される可能性が高いと彼は考えていたのだ。


「彼女の計画が失敗した場合でも、私は損をしない……」エドは心の中で冷徹に計算していた。


彼の目には、今後アイルランドがどのように変わっていくかが手に取るように見えていた。彼が本当に注目しているのは、アイルランドが次のITフロンティアとして成長していく可能性だ。彼は、アイルランドがかつてバイキングに略奪された歴史を思い返し、その復讐とも言える形で資本的な力を使って世界に打って出ることを期待していた。


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「このプロジェクトが失敗した場合、君はどう対応するつもりだ?」エドは、冷静な口調でフィオナに問いかけた。


彼は自分の疑念を隠しながら、フィオナがどれだけ現実を見据えているかを試していた。彼女がリスクにどう向き合うか、それを見極めるための最後のテストだった。


フィオナは一瞬考え込んだが、冷静に答えた。彼女の信念には揺るぎがなかったが、エドはそれを信じきることはできなかった。彼はフィオナの答えを聞きながら、内心で彼女の理想が現実にどう打ち砕かれるかを冷徹に想像していた。


「彼女は情熱的だが、ビジネスは情熱だけでは成立しない……」エドはそう考えながら、静かに微笑んだ。


彼はフィオナの計画が成功する可能性を信じたい一方で、万が一失敗した時には、自分が安全な位置にいることを確信していた。彼の視点から見れば、フィナンシャル・キャピタリズムの冷酷さこそが、この世界で生き残るための唯一の道だった。


エドは最終的にフィオナに向かって頷いた。「君の信念を信じよう。そして、このプロジェクトに投資する。」


その言葉を聞いた瞬間、フィオナの顔には安堵の表情が広がった。彼女はついに自分の努力が報われたと思ったのだろう。しかし、エドはそんなフィオナを静かに見つめながら、彼女がまだ気づいていない未来のリスクに思いを馳せていた。


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エドは冷徹な投資家であり、彼の微笑みの裏には常に計算があった。フィオナのプロジェクトが成功すれば、それは素晴らしいことだ。しかし、失敗した場合でも、彼は必ず自分の手を汚さずに乗り切る方法を持っていた。


「この世界は厳しい。だが、私が守るべきは自分の投資だ……」エドは静かにそう呟きながら、フィオナの背中を見つめていた。

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