エピローグ12:キャスリン・オサリバンの視点
夜が更け、ダブリンの街は静寂に包まれていた。キャスリン・オサリバンは、暖炉の前で編み物をしていたが、心の中では娘フィオナのことが頭を離れなかった。彼女は、集会所でのフィオナのスピーチについて聞き、そこに集まった人々が彼女の言葉に心を動かされたことを誇りに思っていた。
フィオナがここまで成長する過程を見守ってきた母親として、キャスリンは今、深い感慨に浸っていた。フィオナは昔から自立心が強く、何事にも積極的に挑戦する子だった。しかし、その中でキャスリンはいつも、フィオナが家族や地元をどこかで遠ざけてしまうのではないかと不安に思っていた。フィオナが金融の世界に入ってからは、ますます距離が開いているように感じたのだ。
「彼女は遠くに行ってしまうかもしれない」と、キャスリンは何度も心配したことがある。外の世界に出て、フィオナは自分たちが知ることのない大きな成功を手にするかもしれない。しかし、同時にその成功が彼女をどこか知らない場所に連れ去ってしまうのではないか、とも思った。
だが、今夜は違った。フィオナが自ら選んだ道を見て、彼女は「家族の価値」と「伝統」をしっかりと受け継いでいることに気づいた。フィオナは、金融街での成功を捨てるのではなく、それを活かしつつ、地元の未来を守るために全力を尽くしている。彼女が選んだ道は、まさにキャスリンがいつか望んでいた「家族と故郷を守るための新しい時代の形」だった。
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キャスリンは、暖炉の前に座ったまま、目を閉じて祖母の言葉を思い出した。
「冬の後には必ず春が来る。私たちのように根を張っていれば、どんな厳しい風にも耐えられる。」
この言葉は、キャスリンが幼い頃から祖母に教えられてきたものであり、フィオナにも何度か話したことがある。祖母は、地域の文化や価値観を守りながらも、時代に適応することの大切さを教えてくれた。そして今、フィオナがその教えを受け継ぎ、新しい形でその根を張り始めていることが分かった。
キャスリンは娘がどれだけ成長し、自分の力で未来を切り開いているかを感じたと同時に、自分たちの家族が長年守り続けてきた価値観が、決して失われていないことを実感した。
「フィオナは、自分のやり方でこの土地を守っているんだわ。」キャスリンは、ふと呟くようにそう言った。
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その夜、フィオナが家に戻ってきたとき、キャスリンは暖炉の前に座り、微笑んで彼女を迎えた。フィオナの顔には疲れが見えたが、同時に何か満足したような表情が浮かんでいた。キャスリンは、すぐにそれが何を意味しているのかを理解した。
「おかえり、フィオナ。集会はどうだった?」
フィオナは笑顔で答えた。「みんな協力してくれるって。ようやく、私たちが望んでいた未来が動き始めた気がするの。」
キャスリンはその言葉に静かに頷いた。「そうね、フィオナ。あなたの頑張りが実を結びつつあるわ。でも、それは一日でできたことじゃない。祖母や、私たちが築いてきたものが、今、あなたの手の中で新しい形になっているだけなの。」
フィオナは少し考え込んだように見えたが、やがて納得したように微笑んだ。「確かにそうね。私たちの歴史が、今でも生き続けているんだわ。」
キャスリンは、そんなフィオナを見守りながら、静かに安堵の息をついた。彼女が長年抱いていた不安は、今や完全に消え去っていた。フィオナは自分の道を見つけ、その道をしっかりと歩んでいる。彼女が求めているのは、一時的な成功ではなく、地域と文化が未来に向かって続いていくこと。そのために、フィオナはこれからも戦い続けるだろう。
キャスリンは暖かい紅茶を淹れて、フィオナに手渡した。フィオナは感謝の言葉を述べ、キャスリンと並んで暖炉の前に腰を下ろした。炎のゆらめきが、彼女たちの顔を照らしていた。
「お母さん、これからも見守っていてね。まだまだやることはたくさんあるから。」フィオナは、紅茶を一口飲んでから、真剣な表情でそう言った。
キャスリンは優しく微笑んで答えた。「もちろんよ、フィオナ。私たちはいつでもあなたのそばにいるわ。そして、あなたが選んだ道が間違いじゃないことを、これからも見届けるから。」
フィオナは安心したように微笑み返し、再び炎を見つめた。彼女の未来は、今や自分の手でしっかりと掴み取られた。そしてその未来は、彼女だけでなく、家族や地域、そしてアイルランド全土を照らす光となって広がっていくことだろう。
キャスリンは、フィオナがその道を進んでいく様子を見守りながら、家族のつながりと伝統が未来に向かって再び息づく瞬間を感じていた。
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