万聖節のカブ(1)

 カフェ・ムネモシュネを飾るのは何十年か前のヴィンテージランタン。淡い炎を揺らめかせるそれが、いくつも置かれていた。そして店の天井からは赤、橙、黄、紫に光る電飾ガーランドが吊るされている。

 それだけでも特別感がアップしているというのに、極めつけは店主であるゲルハルトと協力者のライラが作った料理たちだった。

 皮まで使ったカボチャのスープ、豆を仕込んだカボチャパイ、カボチャクリームのケーキ。あとはモンブランや定番のレモントルテ、プディング、とにかく豪勢な料理がたくさん並んでいた。仕込みをしていた青年は、しめしめと笑う。


「これは女王エルだけでなく、あの堅物も喜ぶだろうな!」

「……ロスくんをそんな風に呼べるのはあなたぐらいじゃない?」

 ライラの言葉に、からからと笑った青年──ギヴは、ドンと野菜の入った箱を置きながら言う。

「悪意たっぷり、マシマシで言うやつはごまんといるさ!」

「嫌なことにね」


 二人でウィンクし合う。そのタイミングでカランコロンと入り口が音を立てた。そちらの方を見ると、コート姿のロスとマフラーを巻いたエルがいた。


   1


 今日はマナーレッスンが休みの日。毎日やるって言ったって、出来ない日があるのは当然でしょう? それでもムネモシュネの人達に……もっと言えばロスに会いたいエルは隠れ街ハイドアウトを歩いた。そうしたら、びっくり! 偶然ロスと居合わせたのだ。

 二人で歩くハイドアウトは、ちょっとだけ色づいて見えた。


「そういえば……エルさん、あなたは万聖節アラーハイリゲンをご存じで?」

「ア、なんです?」


 はみ出た髪をマフラーに仕舞いながら、エルはロスを見上げた。21ユニスもの差がある身長差をどう縮めようかと考えている不真面目な生徒に、ロスは教師の顔をしながら教えてくれた。


「万聖節、またの名を諸聖人の日。世界のどこかにある宗教で言うところの、祭日らしいですよ」

「今日が?」

「いえ、明日が」


 なぜ明日の話をするのだろうか? と首を傾げたエルだったが、その浮かれポンチな頭は即座にフル回転し始めた。なぜ翌日の予定を教えてきたのか。なぜその日の話をし始めたのか。なるほど、今日はイブというわけか……エルが導き出した答えはそんなものだった。


「イブ?」

「そうです、今日は万聖節の前夜祭イブなんですよ」

「……だとして何の意味が」

 そう言ってから、自分の言葉の失言に気がついた。意味のない話などこの世のどこにも存在しないのだ。ましてや、自分の先生が無意味な話をするとは思えない。エルは恥じるように頬を染めた。

 ちょうどその時、カフェ・ムネモシュネに到着したようだった。話していたお陰で到着が遅れてしまったけれど、大丈夫だったかしら?


「大丈夫です。エルさん、さぁ入って」

 ロスの言葉と共に、エルは店内に足を踏み入れた。店内は薄暗く、揺らめく灯火の光が幻想的である。

 美しさにうっとりと目をとろけさせるほどに美しかった。ランタンの明かりだけでない。カブやカボチャに入れられたキャンドル。長いこと灯してあったのか、それとも再利用したのか、もう使えなくなる寸前のそれは、より一層輝きを強くしている。


「ハッピーハロウィーン! お菓子をくれなきゃ悪戯いたずらするぜ!」


 ふと聞こえてきた声に、視線を合わせる。そこには大きな真白いシーツの塊が腕を伸ばしてポーズを決めていた。驚いて、それからロスに目をやる。

「ど、どういうこと?」

「先ほどは前夜祭と称しましたが……俗物的に言えば、それはハロウィンと言うらしいです。ハロウィンでは子供たちが仮装して「お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ」という文言で徘徊するそうですよ」

「手にはカボチャのバスケットを持ってな!」


 シーツの塊はそう言って腕を上げた。そこには成程、カボチャを模したバケツのような物がある。エルは迷ったのちに前世紀の遺物コルセットのポケットを弄った。それから恥ずかしいような顔をしながらも、ポケットからハトの餌を取り出す。


「……まだ持ってたんですね、エルさん」

「陛下、それは仕舞ってくれ」

「陛下ではなくエルさんです」


 相変わらず仲がよろしいことで、とエルが苦笑いをしたところで、奥の階段から降りてきたライラがバコン! といい音を立てながらシーツの塊を叩いた。


「ギヴ! なにしてるんだ! さっさとお二人さんを持て成しなさい!」

「げ」

「二人をって……おれもですか?」

「ゲルハルトの提案でね、ロス、あんたも今日は客だよ」


 そう言われた二人は、そろって横並びでテーブルにつかされた。アンティークなそれは帝国貴族ごっこには欠かせない物。毎日毎日ゲルハルトが手入れしているお陰でそこまで汚れていない。

 エルは汚いどころじゃない寄宿学校を思い出して内心で舌を出したが、直後には続々と並べられる料理に目を輝かせた。


「マナーが……」

 ロスはエルの隣に座ることが落ち着かないようだった。けれど、真白いシーツを脱いでいつものバンダナ姿に戻ったギヴが「諦める事だな!」なんて口にした事で、諦めたらしい。ため息を一つ、それからいつもの講師スタイルは取らないでエルに目をやった。

 彼女はその橄欖石ペリドットの瞳を光らせて、何から手を付けるか考えているようだった。そんな彼女を見て、最早なんでもよくなったロスは肘をついて頬を緩めた。


「美味しそう……!」

 豆と煮込んだスープ、豆が溢れ出てくるパイ、茶色の固いパンにしゅわしゅわのドリンク。どれもがギムナジウムの生徒にとっては贅沢品で、ふと我に返ったエルはこんなに頂いていいものかと困り眉をした。


「とっても美味しそうだわ。でも、あたしだけハロウィンを楽しむわけにはいかないと思うの」

「だがよ、ハイドアウトからカボチャや料理を持ち出すことはできないぜ?」


 ギヴの言葉はもっともだ。何か、何かないだろうかと唸り出す。

「……エルさん、それならとっておきがあります」

「え?」


 エルは興味津々と言った風に食いついた。そんな彼女も可愛らしいな、と思いながら、ロスは野菜が詰め込まれたバスケットからある物を取り出す。


「これを使えばいいんですよ」


 その意外な野菜に、エルたちは目をまん丸にした。


   (続)


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