ローゼンヘン館前庭 共和国協定千四百三十一年禾乃登

 城の様子は散々だった。

 誰に恨みがあったのか知らないが、大扉を派手に打ち壊した賊は、物語に出てきそうなお城じみた豪奢なつくりの階段を破壊しつくし、そこら中に死体を打ち捨てたままに出て行ったようだった。


 攻め手が何者だったかは皆目分からないが、軍隊や司法の一党でないことは明らかだった。一晩のうちにこれだけのことをしておきながら誰も見張りにおいておかず、死体も片付けず、少なくもない金貨銀貨の類や金になりそうなモノを打ち捨てて去るはずもない。

 共和国の軍隊に大きな動きがあれば、それなりの噂になるし、連中なら建物ごと吹き飛ばしかねない。

 巡回判事なら、数で押し寄せてくることもあるだろうが、死体をこうも打ち捨ててはゆくまい。


 それに巡回判事が雇った賞金稼ぎの一団はこの間散々に追い返してやったばかりだった。

 いずれにせよ、どちらが絡んでいても誰も居ないということはない。

 奥の階段から遠回りして上った最上階に城の顔役のバルボッサの姿を見た時にマニーオはちょっと泣いた。


 クチの悪い乱暴者でよく殴られたが、マニーオには偶に小遣いをくれてやるくらいの気遣いは見せる男だった。

 マニーオはバルボッサが柄の細工を自慢していた拳銃をガンベルトごと形見にもらうことにした。

 マニーオは一緒に来たレイザックと合流して死体の財布の中身を山分けしながら集めていった。

 死体はカネをつかわないから、当然の行為だった。


 襲撃は凄惨で徹底的だったが、死体には興味がなかったらしく正面玄関の階段ホールで潰された死体以外はだいたい五体満足でマニーオとレイザックの知った顔も幾つもあった。

 そういう死体からは形見に使えそうなものを念入りにもらっていった。


 二人が破られた玄関から出てきたとき新たに四人が城に着いたのが見えた。


 マニーオはあの四人が嫌いだった。男女男女イニーミニーマニームーと心のなかで名付けていた連中は腕は立つが気取り屋で鼻持ちならない奴らだった。ミニーには激しく袖にされた覚えがある。酔った上の事だったが。

 やり過ごそうと思ったらむこうもこっちに気がついたようだった。


「なにがあった」

 イニーが尋ねた。


「よくわからない。誰かに襲われた。軍隊や判事じゃない」

「誰かって誰だよ」

 マニーが被せるように言った。


「わかんねえよ。軍隊や判事なら俺達がこんなところで立ち話できるような放っとき方はしないだろう。肩の上にクソ積んでるのかよ」

「なんだと。死にてぇのか。目玉湧かせてやろうか」

「テメエの能無しを晒されて腹立ててるのかよ。このクソだるまが」

 マニーが魔法を使うことを思い出してマニーオは内心怯んだが、押し切るしかなかった。


「メイビス、止めろ。軍隊や判事じゃないなら、どこか別の誰かとしかいいようがない。それに――」

 ミニーがマニー=メイビスに言った。


「――どうやら、襲撃者は身ぐるみ剥ぐのも面倒なくらいには裕福らしい」

 ミニーがマニーオとレイザックの肩からかけている欲張り過ぎて重たげに見えるたくさんのガンベルトやパンパンにふくらんだズタ袋に目をやって口にした。こういうところがこの女は嫌いだった。


「裕福ってどういうことだよ。マイシェラ」

「裕福かどうかはともかく、慌てて日銭を稼ぐ必要がない程度には生活に困ってないってことね。自分が殺した死体に触れるのが嫌だったのかもしれないけど」

 ミニー=マイシェラが説明をした。


「すげえ焦ってたのかもしれないぜ」

「なにに焦るっていうんだい。綺麗サッパリ皆殺しに平らげた後で」

「夜の間しか力が出ないとか……そういう」

 マイシェラの追求にメイビスの声が小さくなる。


「ごめんね~。こいつらバカだからさ。なかのようすはどうだった。どれくらい殺られてた?」

 ムーが場を流すように改めてマニーオに尋ねた。


「数えちゃいないが百くらい死んでた。入口の階段が潰されてこっち側と向こう側の人がいた部屋は全部殺られてた。地下は分からないが、オレたちがうろついていた時間で誰も出てこないってのは、多分」

 マニーオの言葉に四人はそれぞれに疑念の表情を浮かべる。


 この駐留地には百から二百くらいの訓練中の無法者上がりが詰めていたはずだが、見た目八割以上殺されていたというのは尋常でない。


「お前が無事だった理由は?」

 マイシェラが厳しく改めた声で問い直す。


「歩哨に出てた」

 マニーオは美人に気圧され簡素に答える。


「は?なんで戦わないんだよ」

 ブツブツ言い続けていたメイビスが口を噤んだ。


「ここの歩哨はそういうのどっちでもいいんだよ。アタシラもともと軍隊じゃ無いじゃん」

 メイビスが突っかかるのにムーが流す。


「――それにそういうのはあそこに塔があるじゃん。声がしないってことは生きてるのはいないんだと思うけど」

 ムーが塔をそれぞれ指差す。


「しかしそうすると上手く逃げ出した君たち二人はなんでここにいるんだ。馬がなかったってことか」

 イニーが改めて口にした。


「馬はあった。敷地が差し渡しで一リーグもあるのに歩哨っても立って歩いてろってわけじゃない。川まで夜釣りに行く奴もいるさ」

 マニーオは釈明も説明もバカバカしくなってきた。そこまで口にしたところでやめてしまった。軍隊崩れに説明してもわからないと思った。


「生き残った言い訳みたいに聞こえるかもだが、逃げてはいない。というか、俺達も歩哨だから軍勢に囲われていたら銃くらいは撃つつもりだったし、そのつもりだから残っていたんだ。森のなかで――」

 それまで黙っていたレイザックが言った。


「――持ち場のそばで仕掛けの銃がなったら、見に行くつもりだったんだ。軍隊じゃないけど、それが仕事だったしな。……流石に騒ぎには気がついてたからマニーオと合流して。俺達の側では銃声はならなかったから状況はわからなかったけど、逃げてくる連中がいれば森のなかから援護してやるつもりでいたんだ。でも……」

 レイザックの言葉が止まった。


「誰も持ち場の道を通らなかったと」

 イニーが受けて確認したのに二人はうなずいた。


「きみたちはいつごろ持ち場を離れて広場の内側に入ってきたんだ」

 イニーの声は最初に比べると少し険が落ちていた。


「日が登り切って明るくなるまでは待ったよ。臆病と思われるかもだが、ふたりとも腕自慢ってわけじゃない。それでも森の縁に入った瞬間なら目の慣れていない馬丁を狙うくらいはわけもない。無事なら交代と飯の支度の合図が来るのもそのくらいだったしね」

 レイザックの言葉には真実の重みがあった。


「襲撃者についてどう思う」

「剣と銃と腕が立つ。あと馬鹿力だ」

 イーニーの問に答えたレイザックの言葉を受けてマニーオが玄関の大扉に顎と視線で示す。

 一同は大扉の惨状に辺りを改めるように見回した。


 ひとりその場にふさわしくない者が増えていた。

「ぼくちゃん、誰だい、おまえは?ヴィンゼのもんかい」

 マイシェラがひょろりと現れた育ちきっていない若者というにはまだ早い少年に気安く声をかけた。


 少年がどこから現れたか誰もが不思議に思った。

 いち早く少年の武装に気がついたマニーオは反射的に小銃を構えた。

 その銃口が破裂するようにユリの花のように裂けた。


 レイザックの小銃は構えかけを銃弾で弾かれると空に向かって暴発した。銃身はくの字に曲がっていた。

 現れた若者の手には険しい艶やかさを持ったおおぶりな拳銃が握られていた。

 あからさまな敵対行動に更に間合いを詰め寄ろうとした一番大柄なメイビスの心臓が撃ち抜かれ背中に向かっておじぎをするように倒れた。


 メイビスの指先には人のアタマほどの炎の弾が蓄えられていたが、恰も命の尽きたことの合図のように消え散った。

 僅かな火の粉がメイビスに寄り添うように炎に包んだ。

 それはまたたく間に炎の壁になった。


 いきなりの火勢に誰もが驚いたが、突進していたメイビスの体が襲撃者との間で松明となったことで、兵隊崩れたちは身を翻した。

 戸口に殺到する一行の背中からレイザックが背中から撃たれ戸口の瓦礫に引っかかる形で倒れた。


 とっさの判断で生き延びた四人はあれこそが襲撃者だと直感した。

 メイビスを知る者たちは判断を笑う気はなかった。


 たしかに彼には相打ち狙いをしかけるだけの策はあったし、これまでは通じてきたから一目置いていた。

 それに彼が二秒五秒を稼いでくれたから今まだ生きていた。


「子供とは侮れん恐ろしい拳銃捌きだ。私も拳銃はそこそこ嗜むが、あんな真似はとてもできない」

 イニーが敵を確認するように評した。


「馬小屋を背にしてた」

 ムーが言った。


「たぶんそこに伏せてたんだ」

「俺たち馬屋使ったけど」

 イニーの言葉にマニーオが補足した。


「じゃぁその後だ。馬屋を使ったのを見られて待ち伏せしていたのかもしれない。で、そこに我々が合流した。見たところ相手は一人だ」

「他に大人が、アイツの親がいるかも」

 マイシェラが言った。


「他にいればもう一人だれか死んでいるだろうし、襲撃のタイミングがあまりに微妙だ。相手は銃の腕に自信はあるが、腰に段平を挿していた。寸前まで段平で踊り込むつもりで間合いを詰めてきていた。キミが、ええと……」

「マニーオ。よろしく」


「よろしく、マニーオ……マニーオがとっさに銃を向けたことで反射的に脅威を排除しようとして、あの少年……敵は剣ではなく拳銃で攻撃をしてしまった。結果として我々はいきなり剣で斬り殺されることはなくこうして相談している。私はイーガン。よろしく」


「ムルムチ。ナイスファイト、マニーオ。よろしくね」

「マイシェラ。生きて帰れたら飲みましょ。ところで――」

 覚えていたらしい。


「――剣でって、入り口のアレもヤツなのかな」

 マイシェラは思い出すように言った。


「そう思っておいたほうがいいだろう」

 イニー=イーガンの妙に冷静な言葉にマニーオはイラつく。こいつらのこういうところが嫌いなんだと思いだした。

「どうやってアイツを仕留めるんだ。銃はもうないし、あんたらもほとんど丸腰じゃないか」


「我々は魔法使いだから手はある。ただ、魔法使いだから正直相手次第だ。相性もあるし、相手のほうが魔力が上なら押しきれずに負けることになる。それに……タイミングが悪ければメイビスのようになにもできないまま、虚しく死ぬことになる」


 魔法使い。


「あの、死んだ奴が急に燃えたのは、小僧に撃たれたせいじゃなく魔法だってことか」

 三人は頷いた。


「メイビスを失ったという意味では襲撃者のあの少年を力押しで討ち取るのは難しくなった。だが――」


 イーガンが軽くためて微笑んだ


「――もちろん手はある」

「それは」

 付き合いがそこそこしれているマイシェラとムルムチはそれぞれの表情でマニーオを見つめる。


 なぜこちらに注目するのかマニーオにはわからなかったが言葉を待った。

「一旦引き上げる。キミたち二人が建物の中を捜索してくれた。敵の正体もわかった。これを伝える必要がある」


 イーガンの言葉とマニーオの反応に二人の女は笑いをこらえきれなかったらしい。

「まだ踏み込んでこないところを見ると本当に一人みたいね」


 切り替えるように、マイシェラが言った。

「塔の出口から馬屋のそばへ行けることを知っているんだろう。或いはどこかの出口に細工をしているのかもしれない。どうするにしてもこの部屋じゃ少し都合が悪い。部屋を移ろう」


 一行が廊下に出ると玄関の方でうめき声がする。マニーオが一行を待たせて玄関を覗くとレイザックが玄関の内側に這い転げ込むようにして呻いていた。背中の荷物のせいで即死は免れたらしい。


「ムルムチ。いけるかね」

「やってみる。しくじったらソレはソレってことで、諦めてもらう」

「とりあえず荷物は諦めて部屋を移ろう。ついてきたまえ。止血の続きもそこでする」


 マニーオはレイザックを動かすなと言いたいところだったが、全員が死ぬかもしれない状況に歯噛みした。

 レイザックは止血をしたうえでベットの枠にシーツで固定した応急の担架を作ったが、馬の寸前までマニーオ一人で運ぶことになった。


 イーガンの策は単純だった。馬舎に近い部屋の壁に穴を開けるから馬に向かって走れ。という指示だった。


 まるでわからない。


 外で銃声がした。空に向かってだったらしい。既に手綱をとかれていた三頭の馬たちは逃げ散ったが、一頭だけ挑戦的にその場を離れなかった。それどころか棹立ちになって主の敵を踏み潰そうとさえした。


 今度は馬の頭蓋が撃ちぬかれた。

 窓の外の光景にムルムチが激怒した。


 正直マニーオには状況がよくわかっていなかった。

 部屋の壁が一瞬にして砂礫と化して、その勢いのまま敵に襲いかかっていた。

 子どもと言ってもおかしくはない敵の体は嵐に揉まれる木の葉のように弾き飛ばされ、そのまま砂礫に削られ崩れ落ちた側塔で土葬にされた。


 目の前に厩がある。マニーオはレイザックを括りつけた担架を引きずるように駈け出した。

 弾き飛ばされた敵のいたあたりには一頭の馬が頭を撃ち抜かれていた。目玉がこぼれ出ている。ほぼ即死だったろう。


 砂礫の一部はそのまま意思があるかのように馬屋の壁を引き裂くと元からそうであったかのような石積みの柱になった。


「気の毒なことをしたが、結果、不意を討てた」

 イーガンは散った馬は諦め馬屋の馬に手早く支度を整えるとレイザックを鞍掛に括りつけた。


「アイツはいいんですか」

「気にはなるが、殿を守ってくれた命の恩人とも言える怪我人がいる。先にそっちだな」

 イーガンの言葉にマイシェラは頷いた。


「ムルムチ」

「わかっている。全てを抱えては行けない」

 ムルムチは馬の尾と鬣をひとつかみ切り束ねると、大事そうに包んだ。


「アイツ生きてる」

 マイシェラの言葉に一同の視線が煉瓦混じりの砂礫の山に向く。


 出来上がったばかりの砂礫の山が内側から崩され、かすかに震えているのが分かる。

「嘘だろ。横合いからぶち込んで、塔一つで生き埋めにしてるんだぞ」


 万を超える砂礫の不意打ちを食らい吹き飛ばされ、側塔に生き埋めに討ち倒されたはずの敵が、瓦礫の山の下から身を掘り起こそうとしている。


「防御系の魔法使いか。ありそうなことだ。こちらは怪我人がいる。予定通り引き上げる」

 イーガンが吐き捨てるように言ったセリフには汚いものをみるような響きがあった。


「了解」

 ムルムチの応えにマイシェラは安堵した。


「マイシェラ、助走の間だけ頼むよ。マニーオ、我々と一緒に全力で馬を走らせてくれたまえ。騎兵の経験はあるかね」

「狩りの勢子くらいなら」

「結構。では合図とともにちょっと広い茂みを超えさせるつもりで踏み切ってくれたまえ。行くよ」

 一行が早駆けで去る間に馬の歩みを宙に浮かせたのをマジンは見た。


 そのまま馬は森の梢を飛び越えるように宙を駆けた。

 マジンはなにが起こったかを説明することはできなかったが、魔法を見たらしいことは理解した。

 体の周りには館の中で見た肉布団のようななにかがポケットの中から溢れ出て膜のように絡まっていた。




 ポケットの中には今回唯一の収穫だった麦粒のような血晶石がひとにぎり入っていた。

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