大丈夫だよ

天ノ川夢人

『大丈夫だよ』

小説『大丈夫だよ』

加奈美は毎日、

誰にも言えない苦しみを抱え、

電車通勤している。

周囲の人達に

心の中の言葉が筒抜けなのである。

加奈美は男を見ては

心の中で『おちんちん』と

言いそうになる自分の心を不安の裡に

必死に堪えている。

加奈美はその限度を超えた緊張感を

全身に漲らせ、

極限の恐怖を

意識に募らせている。

加奈美はその世界の実態に

耐え難い苦しみを感じている。

加奈美は知らなかった時に帰りたいと

願いつつ、

周囲に自分の心の中の言葉が

筒抜けである現実を忘れて、

再び何も知らぬ者のように

過ごそうとは思わない。

もうこの世界の新たな現実からは

逃れられないのだ。

何とか世界の実態に

馴染まなければいけない。

加奈美はそれを誰かに相談したい。

加奈美は自分と同じように

まだ世界の実態を

知らない人もいるだろうと思う。

加奈美はそう言う人達に

真実の世界の事を伝える事をしたくない。

加奈美は信頼出来る親友が何人もいる。

加奈美はその中の一人の

加藤明美に会いに行こうと

決意する。

加奈美は明美に

自分は処女ではないと偽っていた。

それもこれも明美には明らかな嘘として

ずっと見抜かれていた事になる。

加奈美は仕事後にブティックに寄り、

服を見る事を楽しみにしている。

加奈美はそれを今日は止め、

明美の家に行く。

明美は家にいた。

「あら、加奈美、

どうしたの?」

と明美が加奈美の突然の訪問の訳を訊く。

「一寸相談したい事があって」

と加奈美は泣き出しそうな顔で、

グッと焦りを堪えて言う。

「中に入って」

と明美が加奈美を訳知り顔で

家の中に招く。

明美が先に立って階段を上りながら、

「仕事、どうしてる?

就職してからずっと会ってなかったね」

と言う。

加奈美が明美の部屋に入ると、

「今、飲み物持ってくるね」

と明美は言って、

部屋を出ていく。

明美がアイス・コーヒーと

茶菓子を持って、

部屋に戻ってくる。

明美はドアーを閉め、

加奈美にアイス・コーヒーと茶菓子を勧める。

加奈美は極度の緊張感で喉が渇いている。

加奈美はグラスに入ったアイス・コーヒーを

ストローで飲み、

甘いお菓子を一つ口に入れる。

「で、

相談って、

何?」

と明美が訊く。

「あたしね、

今、

困ってるの。

あたし、

生まれてからずっと

心の中の言葉って、

人に聴こえないものだと

思ってたの」

「ええ、何それ?

あたしも聴こえないよ?」

と明美が冗談に反応するように

笑顔で言う。

「それって、

人に確認しちゃいけないの?」

「ええ、

何?

真面目に話してるの?

でも、

あたし、

人の心の中の言葉なんて

聴こえないよ?」

と明美が加奈美を労わるように言う。

加奈美はハッと気付き、

「じゃあ、

それって、

あたしだけに

聴こえるようになったの?」

と確認する。

「よく判んないけど、

そうなんじゃないの」

と明美が興味津々の目で言う。

「何だ!

おかしいなって思ったのよ。

皆、

自分の心の中の言葉なんて

人には聴こえないと思ってるから、

話しかけるようなリアルな目で

心の中で人に話しかけてるのか!」

「よく判んないけど」

と明美がソワソワとして口籠る。

「あたしは別に人の心の中の言葉なんて

聴こうとしてないし、

あたしのコントロールで

人の心の中の言葉が

聴こえてる訳でもない。

今だって

明美の心の中の言葉なんて

全然聴こえてないよ?」

「そうなんだ。

一寸びっくりしちゃった。

何か物凄く怖かった」

と明美が動揺して言う。

「ごめんね。

あたし、

判った。

これで立ち直れる。

ありがとうね」

「こちらこそ、

どう致しまして」

と明美が申し訳なさそうに言う。

「じゃあ、

あたし、

もう帰るわ。

その裡、

電話するね」

「うん」

と明美が唖然とした顔で言う。

加奈美は早々に明美の家を出て、

帰宅する。


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大丈夫だよ 天ノ川夢人 @poettherain

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