第44話「感冒」

 *


 インフルエンザが流行している。


 私の職場ではそこまででもないけれど、全国の小中学校が次々と学級・学年閉鎖、果ては学校閉鎖になったというニュースは、日夜舞い込んでくる。


 外出したり、電車に乗ったり、とかく人の多い場所に行く前には、必ずマスクを着用している。手の消毒と、手洗いうがいも欠かさずに行い、インフルのワクチンも既に接種した――けれど、かかる時は罹るものである。


 私は、あまりそういう流行性感冒に罹ってはいけない体質である。


 元々身体が、そんなに強くないのだ。


 罹るとどうなるかというと、ほとんどと言って良いほどに重症化――とまでは流石にいかないまでも、大変面倒なことになるのである。


 だから、罹りたくない、というのが本音である。


 小学生の頃は、予防接種をしていても毎年インフルのA型B型両方に罹患し、うなされていた。


 仕方ないことは承知の上だが、鼻の奥の粘膜を採取して検査するのが、嫌で嫌でたまらなかったのを鮮明に記憶している。


 そう考えると、最近は鼻風邪か花粉症かと思われる程度で、風邪らしい風邪は引いていないことに気付く。


 不要不急の外出は控える、マスクを必ず着用する――と言われていた時期が、遠い昔のように思えてくる。


 私は、あまり学校に行きたくないと思っていた(学校の勉強は好きだったが、その学校の環境は図書室を除いて大嫌いだった)類の児童だったので、合法的に学校を休めるのは、風邪の症状の辛さというのも勿論もちろんあるけれど、どこか嬉しかったように思う。


 うつしてはいけないので、皆とは別で少し遅めの朝食を取り、仕事に行く父と母と、学校に行く弟を、パジャマのままで見送って、祖母と2人であった。


 それはどこか、特別な空間であったように思う。


 同級生が登校して、地域の方に挨拶してゆく声が、家の外から聞こえてきた。家の前の道は、通学路になっていたのである。


 私は自宅で、一人でいた。


 静けさと、優越感と、あとはちょっぴり寂しさと。


 何とも名状しがたい、不思議な気持ちであった。


 大人になって、その感覚は失われてしまった。


 今は風邪をひいたら、辛いだけである。


 もう大人なのだから、一人で内科に行かねばならない、当然である。


 せめて人に迷惑を掛けないよう、体調に気を付けて過ごそうと、私は思った。




(続)

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