兎と海 うさぎとうみ

雨世界

1 ねえ、海に行こうよ。

 兎と海 うさぎとうみ


 ねえ、海に行こうよ。


 今日も海はとても穏やかだった。日の光を反射してきらきらと輝いている美しい海。風もほとんど吹いていない。十六歳の女子校に通っている高校生、小林兎はそんな海を海沿いの道路の歩道のところから少しの間、眺めたあとで、押していた自転車を邪魔にならないところに止めて、ゆっくりと、石造りの小さな階段をおりて、白い砂浜まで歩いて行った。

 兎はそのまま海の波がやってくるところまで歩いていく。(砂を踏む感覚が楽しかった)優しい風が兎の美しい長い黒髪を小さく揺らしている。兎は波のやってくる少し前のところの白い砂の上に座った。そこからまた海を見る。

 学校帰りの兎は高校の制服姿のままだった。制服の紺色のスカートが砂まみれになってしまうけど、ずっと海の近くで暮らしてきた兎にとって、それはいつものことだった。海や砂浜は(それに波の音も、海の匂いも)いつも兎の近くにあった。

 ……、ざー、と言う波の音が聞こえる。

 少しして、兎は『自分が泣いている』ことに気がついた。おかしいなと思って、ほほに手をやると、そこには涙の粒があった。兎は、その温かい涙に触れて、……、あ、わたし泣いてるんだ、と思った。泣くつもりなんて全然なかったのに、こうして涙を流していると、自分はきっと泣くためにここにきたのだと思った。

 兎はむかしからずっと、小さな女の子のときから、海を見ながら泣いていた。海は兎にとって涙を流すところだった。

 海はいつも優しかった。まるで、お母さんのようだと兎は思った。

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