第54話 領境の町テルニー
1時間ほど小休止をすると、騎士団は連絡用の数騎を残してさらに隣領側へと進軍する。
いつの間にか空は白み、夜明けを迎えていた。
先頭を行くセルファースに、馬を並べたディルークが小声で話しかける。
「セルファース様、目の方は大丈夫ですか?」
「ああ、久々に使ったが……、やはり負荷は大きいな。まぁ、この魔剣があれば、そうそう使う事は無いと思うがな……」
軽く右手で右目を瞼の上から触り、苦笑しながらセルファースが答える。
「そうですね。ところで、いつの間にその魔剣を持ち出していたので? それ、例の強化型ですよね? まだ量産されていないはずなので、イサム殿が最初に作った試作品では?」
少々語気を強め、目を細めながらディルークが問いかける。
セルファースがオーガ戦で使っていたのは、稼働時間2時間の強化版1型だった。
最初のひと当てで、ノーマルの1型ではオーガを倒すのに時間がかかると判断し、持ち替えて短期決戦に挑んでいたのだ。
「ああ。大型の個体がいるかもしれないと言っていたからな。出がけにイサム殿に一声かけて持って来てもらっ……、なんだその目は?」
「いえ、別に? 自分だけ抜け駆けしてずるいとか思っていませんよ?」
セルファースをジト目で見ていたディルークが、つい、と目線を逸らして答える。
「……」
「ええ、ええ。鹵獲対策がされていないヤツは持ち出し禁止と言っておきながら、ちゃっかり自分だけ光る魔剣を使ってずるいとか、思っていませんとも」
ため息をつくセルファースとディルークのやり取りを、後続の騎士たちが苦笑して眺めていた。
そんな子供のようなやり取りをしながら、常歩に時折速歩を交えて進軍する事1時間ほど。
領内で最も西に位置する領境の町テルニーが近づいてくると、遠くから微かに剣戟の音が聞こえて来た。
「!? テルニーで交戦中と思われる! 急ぐぞっ!」
一団は、戦闘の舞台となっていると思われるテルニーへと急行した。
馬を飛ばす事1分、街道から伸びる脇道を走ると、壊された門を背にして魔物と戦っている守備兵の姿が見えた。
籠城するも門を破られ、水際で食い止めている状況だろうか。怪我をしているものもおり、優勢とは思えない。
「このまま三方向に分かれて突撃する! 1番隊は私と共に中央、2番は左、3番は右からだ。散れっ!!」
「「「おうっ!!!!」」」
セルファースは、馬を走らせたまま指示を出すと、そのまま1番隊を率いて真っすぐ敵へと突っ込んでいく。
「テルニーの守備兵よ! よくぞ耐えきった!! 後は任せろっ!!!」
セルファースの声と響く馬の蹄に気付いた守備兵から歓声があがる。
「おおおおっっ!!! 領主様だっ! 騎士団が来てくれたぞっ!!!」
「助かった!! 後ひと踏ん張りだっ!!!」
俄かに守備兵の士気が上がり、魔物の押し込みを押し返した所へ、騎士団が突入して来た。
中央、門の正面はやはり一番魔物の数が多く、30体以上が見て取れる。
それと同じくらいの数の倒れている魔物が見えるので、10名程の人数で門を守りながら奮戦していると言えた。
先頭のセルファースを始め15名ほどの騎士が剣を構えて敵陣へと突っ込む。
「ぎゃぎゃーーっ!」
「ブモモムッ!?」
急に現れた背後の敵に慌てて対応するが、駆け抜けざまに斬りつけられ、バタバタと倒れていく。
10騎程度に分かれた左右の一団も、壁に沿うように走り抜けながら、壁に取りつこうとしていた魔物を倒していく。
セルファースは敵陣を切り裂いて門前まで突き抜けると、そこで回頭し足を止める。
「よくぞ町を守り抜いたっ! 後は我々に任せて、負傷者の手当てを優先させろっ!!」
「はっ!! ありがとうございます!!」
「総員、各個に敵を撃破せよ! 遠慮はいらん、派手にやれっ!!」
「「「了解っ!!」」」
そこからはあっという間だった。
オーガのような強敵がいない事も幸いし、30分ほどでテルニーを襲っていた魔物が一掃される。
ついさっき200匹近い魔物との戦闘をした後とは思えない剣の切れ味に、騎士団の面々はあらためて手ごたえを感じていた。
数名を周囲の哨戒に出すと、残りの騎士団はテルニーへと入場する。
それほど大きな町では無いが、木々に囲まれ、その材木を使ったぬくもりある建物が印象的な綺麗な町だ。
そんな町の大ピンチに駆け付けた領主と騎士団を一目見ようと詰め掛けた住人で、門前の大通りは大混雑していた。
「領主様~~っ!!」
「ありがとうございます!!」
「キャー、ディルークさま~~~っ!」
騎士団はどこへ行っても人気で、団長を務めるディルークの人気はひときわ高い。
黄色い声援に応えながら歩を進めると、門から少し入った広場で足を止め、住民へと語りかける。
「皆、到着が遅くなってすまない。皆が諦めず守ってくれたおかげで、我々が間に合ったのだ。これは、決して騎士団の力で勝ったのではない。皆の力で掴んだ勝利だ!!」
「「「「「おおぉぉぉーーーっっ!!!」」」」」
「しかしその傷跡もまた大きい。次の襲撃が何時あるとも分からぬ。疲れているところをすまないが、門を始めとした防衛機構の修復に当たってくれぬだろうか?」
「そうか、まだ来るかもしれねぇんだもんな!」
「よっしゃ、いっちょ気合い入れるか」
「任せてください、領主様!」
「ありがとう! 必要な資材については代官所に申請してくれ! それでは我々は、後ほど隣領の様子を見に行く。すまんがそれまで少し休ませてもらうとしよう」
「お疲れ様ですっ!!」
「休む場所が足りなければ、ウチの宿を使ってやってください!」
「ウチの宿も何部屋か空いています!」
壊れた門の修理を任せると、一時解散となる。
テルニーの詰所はそれほど大きくはないため、住民の好意に甘えて、複数個所で仮眠をとることになった。
5時間ほど交代で仮眠をとると、丁度昼どきとなっていた。
ここでも住民の好意に甘えて食事を摂ると、連絡と指揮のための騎士を数名残して町を後にする。
もう少しすれば、歩兵隊が戦線構築のためテルニーを拠点とするはずなので、防衛戦力は十分だろう。
ヤンセン子爵領に先触れとなる早馬を出すと、騎士団はテルニーを後にして、常歩で街道を進んでいく。
現在この地域は夏の盛りだ。やや標高が高いため猛暑では無いが、鎧を着ているのでそれなりに暑い。
木々が街道に木陰を作ってくれているのがありがたかった。
同じビッセリンク伯爵領に所属しているので、ヤンセン子爵領との境に関所のようなものは無い。
連絡を取り合うための小屋が、境界の両側にあるくらいだ。
しかし今は、その小屋も進撃して来た魔物に壊され完全に倒壊していた。
「やはり街道を進んできたようですね」
「そうだな。まぁ数も多いし一番歩きやすいのが街道だからな」
壊された小屋を横目に、一行は無人の境界を越えてヤンセン子爵領へと入っていく。
途中で2度休憩を挟みつつ進んでいると、早馬に出した騎士が戻って来た。
「報告しますっ! この先2キロメートルの地点で避難してきたと思われる集団を発見しました! 護衛に就いていた守備兵と冒険者によると、バダロナの正門が破られそうになったため、手薄だった裏門より脱出して来た老人や女、子供との事。男たちと残りの守備兵、冒険者は、代官の館に入り、籠城戦中との事!!」
そこまで一気に話し終えると、ぜーぜーと肩で息をする。
「なんだとっ!?」
「バダロナが落ちた?」
急報を受け、騎士達に動揺が広がる。
バダロナは、ヤンセン子爵領側におけるテルニーのような町だ。
テルニーよりもさらに一回りコンパクトだが、小さいながらも昔の砦跡に出来ている。
町の外壁は後から作られたものなのでテルニーとさほど変わりは無いが、代官屋敷として使われているのは当時の砦なので、そう簡単に落ちてはいないと思いたい。
「報告ご苦労! 皆、聞いたな!? 全く、どうやらまだ魔物の襲撃祭りは終わっていないようだ……。我々はこれよりバダロナの救援に向かう!! バダロナの代官屋敷は砦跡だ。籠城していれば時間は稼げているはずだ。途中、避難民と接触したら、2名が護衛に加わりテルニーに向かえっ! 行くぞっ!!!」
「「「「「はっ!!!」」」」」
ここからバダロナまで8キロメートル程。避難民が2キロメートル先にいるとなると、6キロメートルほど歩いてきたことになる。
老人や子供の足で休み休みだとして4時間ほどだろうか。
上手く籠城していれば、今から駆け付けても十分間に合うはずだ。
いや、間に合ってくれよ、と心の中で呟くと、セルファースは馬を西へと急がせた。
10分ほど馬を走らせると、早馬の騎士が言っていた通り、避難民と遭遇した。
300人ほどの大集団で、数名の守備兵と10名ほどの冒険者が先導、護衛を務めていた。
セルファースたちが速度を落として近づくと、守備兵が片膝を突く。
隣領として仲が良いため、領主の顔はほとんどの兵が知っていた。
「そのままで良い。皆疲れているだろう……。話は早馬から聞かせてもらった! 我々はこれよりバダロナへ救援へ向かう」
「ま、誠ですか、クラウフェルト様!?」
「おおおぉぉぉっ!!」
セルファースからの申し出に、皆が色めき立つ。
「ああ、もちろんだ。ダフは昔からの友人だからな。見捨てはしないさ。だから安心して、ひとまずはテルニーまで向かってくれ。まだ少し距離はあるがな……」
「ありがとうございますっ!」
「どうか、どうか夫をお助け下さい!」
「きしさま、おとうさんをたすけてください!」
張りつめていたものが切れたのだろう。皆が堰を切ったように涙ながらの訴えを口にする。
「もちろんだ、坊主! お前の父ちゃんは坊主たちを逃がすため、町に残って戦ってる。今度は俺たちが、父ちゃんたちを守るために戦うからな!」
訴え出て来た小さな少年の頭をガシガシと撫でながら、ミゼロイがニヤリと笑いかけた。
「坊主、名前は?」
「ノエルです」
「ノエルだな。後少し歩けば町に着く。それまでがんばれるか?」
「うん、がんばるよ!」
「よし、偉いぞ。だったらおっちゃんも頑張るからな!」
そして再び、ノエル少年の頭をワシワシと撫でるのだった。
「よし、皆急ぐぞ!!」
「「「はっ!!!」」」
そして数騎を案内役兼護衛に残すと、再び西へと馬を走らせた。
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