第53話 オーガ

 敵前線を崩すことで足止めに成功した槍兵隊は、横に広がった後は無理に距離は詰めず、槍のリーチを活かして中距離から牽制を行っていた。

 後方からは、散発的ではあるが弓兵による援護も届いている。


 思うように前へ進めず、時折歯と目をむき出しにして単騎で突撃してくる魔物がいたが、鋭さの衰えない槍によって各個撃破されていく。

 フェリスシリーズの大きなメリットが、この継戦能力の高さだった。

 剣ほどでは無いが、槍も敵を倒せば刃こぼれはするし血糊や脂で切れ味が悪くなっていく。

 肉厚なオークへの刺さりどころが悪いと、刃が折れてしまう事もしばしばだ。


 しかし、硬度の強化が施されているフェリス2型は、こうした状況にめっぽう強かった。

 どうする事も出来ない血糊についても、ペアを組むことで拭きとる余裕も出来る。

 かくして、じわじわと敵の前線部隊が削られていくのだった。


「ゴアァァァッッッーーーーー!!!」

 そろそろ側面に回った騎士隊が強襲をかける頃合いかと思っていたところ、突如敵後方から怒号が響いた。

 人のものでは無いそれが空気を震わせたかと思うと、槍兵隊に向かって大きな塊が飛んでくる。

 ようやく薄っすら明るくなってきた程度の状況で、視界の外から飛んできたモノを綺麗に躱すのは難しく、とある槍兵のペアの足元へ着弾した。

「ぐあぁっ!!!」

 どうにか直撃は避けたものの、重量のあるそれは足元の石畳を砕きながら結構な勢いで爆散した。

 それに巻き込まれた二人の槍兵が、1メートルほど吹き飛ばされる。


 すでに原型をとどめていないが、飛んできたのはオークだと思われた。

 辺りに肉片をまき散らしながら、真っ赤な小さなクレーターが足元に刻まれている。

「大丈夫かっ!?」

「衛生兵っ!!」

「ぐ、う……」

 飛び散ったものの多くが肉片だったため、一命は取り留めてはいるが、戦える状況では無く戦線離脱を余儀なくされる。


「くそっ、なんでオークが……、あっ……!!」

 傷ついた仲間を後方へ下げながら敵集団に目をやると、それはいた。

「グゴァァァッッッーーーー!!」

「ゴアォォォッッーーー!!」

 魔法によって分断されていた後方から、3メートルを超える巨人が2体、ドスドスと音を立てて走ってくるのが見えた。

 それぞれが片手にオークとゴブリンを掴んでいる。


「オ、オーガだっ!!!」

「出てきやがったかっ!!?」

「手にオークを持ってやがるっ! また飛んでくるぞっっ!!!」

 槍兵隊に一気に緊張感が走った。

「ゴォオッ!」

 そしてオーガが、走りながら掴んでいたオークとゴブリンを投げつける。


 先程よりも距離が近くなったため、より速度の乗った肉塊が飛んでくる。

 投げた瞬間を見ることが出来たので、さっきより回避行動はとりやすいが、如何せん飛んでくるもののサイズが大きすぎた。

「ぐぉっっ!!!」

 またもや運の悪い3名が巻き込まれ、戦線を離脱していく。


「くっ、槍兵隊は3手に分かれるぞっ! 1番2番はオーガを半円陣で囲め! 後ろは空けておけよっ! 残りはオーガをけん制しつつ、オーガ以外の雑魚の対応に当たれっ! 無理に倒そうとするなっ。騎士が来るまで時間を稼げっ!!」

「「「おおおおっっっ!!!」」」


 矢継ぎ早に槍兵隊長から指示が飛び、隊が三つに分かれていく。

 それぞれが15人程の1番2番は、距離をとってオーガの前面を包囲するように布陣する。

 残る30名弱が、5名前後の小集団に分かれて広く展開。オーガの後方に控えるオークやゴブリンに備えた。


「ゴアァッ!!」

 オーガが手にした2メートル近い棍棒を振りまわす。

 こんなモノが直撃したらただでは済まないので、槍兵たちはその間合いの外から牽制する。

 槍の長さは4メートル程度なので、オーガの手の長さを加味しても1メートル弱リーチでは分がある。

 それを最大限に活かし、オーガの側面や斜め後方から足へ向かって突きを繰り返していった。


 通常の槍であれば、この遠間から力の入りきらない攻撃をしても、オーガの硬い外皮に大した傷は付けられないのだが、フェリス2型によって確実に傷が増えていく。

 致命傷には程遠いが、無視できない程度には効果があるため、次第にオーガにいら立ちが募っていった。


 そんな中、敵後方で鬨の声が上がる。

 側面と背面に回り込んでいた騎士団が、オーガが2体前線へ移動したのを見て、好機とばかりに一気に突撃をかけたのだ。

「このまま1番隊は突っ切って後方に残っているオーガにあたるっ! 2番隊は血路を開いた後、後方の敵殲滅にあたれっ!! いくぞっ!!」

 セルファースの指示が飛び、騎士達が一気に速度を上げ突っ込んでいった。


 背面と側面を突かれた敵集団は、大混乱に陥った。

 馬上からフェリス1型が振るわれるごとに、ゴブリンが一体また一体と切り捨てられていく。

 体力のあるオークは、一撃で屠られない場合もあるが、どこかしらを切られて戦闘不能になっていった。


 そして1番隊が、後方に唯一残っていたオーガへと向かっていく。

 あまり大人数でかかっても手狭になるだけなので、セルファースとディルークを除く手練れ5名が、馬を降り連携して対峙する。

 残りのメンバーは、他の敵が近づかないよう、周囲を取り囲むようにして敵の撃退に当たる。


 常に複数人が牽制しながら、隙を見てそれ以外の者が切りかかっていく。

 槍とは違い懐に入らないと攻撃が当たらないため、かなりの接近戦だ。

 敵もさるもので、5人を相手取り致命傷を避けながら巧みに反撃をしていく。

 一進一退の攻防が続く中、今度は前方で怒号が響いた。


「ゴアォォォッッーーー!!!!」

 イライラが頂点に達した一方のオーガが、槍の牽制を顧みず一気に踏み込み棍棒を薙ぎ払ったのだ。

「しまっ……!!!」

 急なオーガの突撃に上手く距離をとることが出来なかった3名の槍が、横薙ぎの一撃で弾き飛ばされた。

 身体への直撃は避けたが、その衝撃で三人とも槍もろとも吹き飛ばされてしまう。

 一度に3名が脱落してパワーバランスが崩れると、一気に形勢が逆転、槍兵側は防戦一方となる。


「いかんっ! ディルーク、アイツに突っ込むぞ! ミゼロイ、そいつは任せていいな!?」

「はっ!」

「お任せを!!」

 その状況にいち早く気付いたセルファースから指示が飛び、受けた二人が短く答える。


 ミゼロイは、ディルーク、フェリクスに次ぐ実力を持つベテランで、上からも下からも信頼が厚い。

 四人に指示を出しながら自身もオーガへと切りかかっていった。

 ちなみに騎士団一熱心な織姫信者で、鎧の裏側に織姫の手形を押してもらい大喜びしていたようだ。家宝にするらしい。


 一方セルファースは、ディルークと共に馬を駆り、先ほど三人を吹き飛ばしたオーガへと一気に向かっていった。


 槍兵を相手取っていたオーガだったが、後方から迫る殺気と蹄の音に気が付いたのか、素早く振り返る。

 その脇をすり抜けるように駆け抜けながら、セルファースが脇腹へ一撃を入れた。

「ガアアァァァッ!!!!」

 初めてまともな一撃を食らったオーガが咆哮を上げる。

「ふっ、どうだウチの天才魔法具師様が作ってくれた魔剣の味は?」

 すり抜けた後、降りた馬と剣を兵に預けながら、セルファースが口角を上げた。


「セルファース様、私は向こうのオーガのほうへ加勢します!」

 その様子を見たディルークは、もう1体のオーガへと馬を向ける。

「任せた!」

「はっ!」

「2型を持っているものは引き続き牽制に回れ! そうでないものは、ゴブリンとオークを近付けるなっ! いくぞっ!!」

 そう檄を飛ばすと、セルファースが腰の鞘からもう1本の魔剣を引き抜き、オーガへと踏み込んでいった。


「ガアァッ!!」

 自身に傷をつけた男を脅威と見たのか、オーガがセルファースへと牽制の突きを放つ。

 直径20センチはありそうな棍棒が、冗談のような速度で迫りくる。

 それを見るセルファースの右目が、一瞬緑色の光を放ったかと思うと、鋭く前へと踏み込んだ。

「おあぁぁぁっ!!」

 そして突きをすり抜けるように躱して、棍棒を突いて伸びきった腕を下から斬り上げた。

「ギアアアアッッ!!!」

 大絶叫とともにゴトリと音を立てて、オーガの右肘から先が棍棒と共に地面へ転がった。


 セルファースは間髪をいれずにオーガの側面をすり抜けると、今度はやや腰を落として上段から袈裟懸けに一気に魔剣を振りおろす。

「ガアアアアアッッッ!!!!」

 再びの絶叫。今度は左脚を膝の裏から斬りつけられ、バランスを崩す。

 ドォン、と言う地響きと共にオーガの巨体が地面へと倒れ込んだ。

「槍兵っ、止めを!!!」

「「「はっ!!!」」」

 牽制役に回っていた槍兵が、立ち上がれなくなったオーガに容赦なく槍を突き込んでいった。

「ぐっ……!」

 それを確認していたセルファースが、右目を押さえ一瞬顔を顰める。


「……ぐぅ、久々に使ったけれど、やはり反動が大きいね」

 そう独り言ちると、ディルークの相手取っているオーガの方へと足を向けた。


 ディルークも、フェリス2型を持っている槍兵と、後方から応援に駆け付けた2名の騎士と連携し、優位に戦いを進めていた。

「せいっ!!!!!」

「ゴボアァァァァァッッッ!!!!」

 そしてついに、牽制されて前のめりになっていたオーガの喉を、必殺の三連突きが捉える。

 素早く剣を引き距離をとると、首から鮮血を噴出させながらオーガが暴れ出した。

 しかしそれもやがて徐々に力を無くし、1分もすると動きが完全に止まった。


 後方にいたオーガもすでに止めを刺されており、後は三々五々に残党とも言うべきゴブリンとオークを騎士と兵士が狩っていく。

 そして、視認できる範囲に動いている魔物が居なくなったことを確認すると、セルファースが勝利宣言を行った。


「よくやった!!この場は我々の完全勝利だっ!!」

「「「「「うおぉぉぉぉーーーーーーっっ!!!!」」」」」

「小休止の後、騎士団は敵の分隊を叩きに向かう! 歩兵はこの現場の片付けをした後、半数は待機、残り半数は隣領との境界で戦線を張ってくれ! あと一息だ。我が領を脅かす脅威を排除するまで、もうひと踏ん張り頼むぞっ!!」

「「「「「おおおーーーーーーーーっっっ!!!!」」」」」


 終わってみれば、オーガ3匹を含む200体以上の魔物の群れを相手取り、重傷者は出したものの死者を一人も出さずに撃滅していた。

 奇跡的な完勝と言って良いだろう。

 そしてこの勝利は、クラウフェルト領の兵たちの胸に、確かな自信を芽生えさせるのだった。

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