第51話 迷い人 イサム・マツモト

 最初こそ驚きを見せていたセルファースだったが、一度ふぅーーっと大きく息を吐くと、努めて冷静に指示を出し始めた。


「報告ご苦労。敵の数と種類は分かるか?」

「はっ。詳細は不明ですが、彼らが接敵した数で100から200、ゴブリンとオークが中心で、それより大型のも見えたとの事です」

「ちっ、ゴブリンはまだしも、オークの数が多いと厄介だな……。分かった。マルセラは知らせてくれた騎士の手当てを引き続き頼む。一番の功労者だ、絶対に死なせるなよ? フェリクスはディルークが到着次第、一緒に私の執務室まで来てくれ。他の者は戦闘準備だが……」

 セルファースはそこで一息つくと、突然の出来事に驚いて固まっている勇に、優しく問いかけた。


「イサム殿、聞いての通りだ。おそらく先ほどシルヴィオ殿が言っていたことと無関係では無いだろうね。我々も打って出ることになるのだが……。今、フェリスシリーズはどの程度生産が終わっているだろうか?」

「っ!! そ、そうですね……。1型が一番多くて約50本、2型はまだ20本程度です。強化1型はまだ手を付けていない状態です」

 フェリスシリーズは極秘扱いなので、勇とエト、ヴィレムの三人ですべてを作っている。

 量産決定から20日程経過しているが、魔法コンロや冷蔵箱の作成も並行していたり、来客もあったりでそこまで多くは作れていなかった。


「すいません、こんな事になるなら、最優先でもっと作っておくべきでしたね……」

 下唇を噛みしめながら、悔しさを滲ませる勇。

「フフッ、何を言ってるんだい? 魔物の群れは、イサム殿が居ても居なくても、このタイミングで襲ってきてたんだ。で、イサム殿のおかげで、今は50本も魔剣があるんだよ? こんな贅沢な話、世界中どこへ行ってもありっこない。我々には感謝しかないさ。皆もそう思うだろ?」

「「「「「おうっ!!!!」」」」」

 突然の声に驚いて勇が振り返ると、準備を済ましたのであろう騎士達が大勢後ろに立っていた。


「念願の魔剣の初陣ですからね! 腕がなるってもんですよ」

「まさか俺が魔剣を使って戦える日が来るなんてなぁ……。英雄譚に出てくる騎士様みたいでワクワクしますね」

「あ、オリヒメ先生っ!! 見てて下さいよ、先生みたいに敵の首を刈りまくって来るんで!!」

「にゃう?」

 口々にそう言う騎士達の顔は、みなやる気に満ちていた。

「皆さん……」

 熱いものがこみ上げてきた勇は、グイっと目を拭うと前を向いた。


「皆さん、いつ出発されますか? まだ時間があるなら、少しでも数を増やしますのでっ!」

「偵察部隊はすぐに出すが……。そうだね、あと2時間というところかな」

「わかりました! 剣と槍、どちらが良いですか?」

「槍だね。剣は50あるからなんとか全騎士に回る。槍を兵士に持たせたいから、槍を頼むよ」

「分かりましたっ! 2時間あれば……、エトさんもヴィレムさんも今日は研究所に泊まっているので、3人がかりなら10本は増やせるはずです! 早速取り掛かるので、どなたか研究所まで槍を運んでおいてくださいっ! では失礼しますっ!!!」

 言うが早いか、ダッシュで詰所を後にする勇。


「ふふっ、何ともイサム殿らしいですね」

 それを見て、いつの間にかやって来ていたディルークが目を細める。

「そうだね。さぁ、イサム殿を悲しませることが無いように、作戦を立てようか」

「「はっ!!」」

 そう言うとセルファースは、ディルークとフェリクスを伴い作戦本部となる執務室へと向かった。



 2時間後、約束通り10本のフェリス2型を携えて勇たち研究所の三人が詰所を訪れると、準備万端となった騎士と兵士が勢揃いしていた。

 勇に気付いたディルークが声を掛けてくる。

「イサム殿! ありがとうございます。こちらへどうぞ!」

 ディルークに案内されるままについて行くと、何故か朝礼台のような所にセルファースと一緒に立たされていた。


「やあイサム殿。ちょうどこれから出陣の挨拶をするところだったから丁度良かったよ」

「はい?」

 何が丁度良かったのか分からずにいると、耳元で何やら勇に呟く。

 一瞬驚いた表情を見せたイサムが小さく頷くと、セルファースの演説が始まった。


「皆知っての通り、ヤンセイルが魔物の群れに襲われた。ヤンセイル自体は、防壁もあるためそこまで被害は出ないものと思われるが、さらにそこから魔物の群れが東へと向かったらしい。先程戻った偵察によると、まだ我が領への侵入は確認されていない。しかし来るのは時間の問題だろう。

街道沿いにある村は、ここ程防御は固くない。多数の魔物に襲われたら、甚大な被害が出る事になる。それを防ぐため、これから我々は一部をクラウフェンダムの防衛に残し、打って出る!!!」

「「「「「うぉぉぉぉぉーーーーっ!!!!!!」」」」」

 セルファースの演説に騎士たちの士気が上がっていく。


「なに、何も恐れることは無い。我々には魔剣がある! 魔槍がある! 魔物どもを屠りその首を、魔剣の生みの親である”迷い人”イサム殿の眼前に並べようでは無いかっ!!」

「「「「「うぉぉぉぉぉーーーーっ!!?……?!」」」」」

 再度の大歓声。だが、聞き逃せない単語に気が付いた騎士や兵士たちがざわつき始める。


 これまで、勇が迷い人である事は、一部の騎士以外には伏せられていたが、それをついに公表したのだ。


「迷い人? イサム殿が?」

「そうか、それで魔剣を作ってくれたのか」

「すげぇ、昔話で聞いていた通り、迷い人が大きな力を持っているってのは本当だったんだ!」

 その言葉が示すことが、徐々に一団に浸透していき、ざわめきが徐々に大きくなっていった。


「イサム殿が授けてくれた力があれば、魔物など恐るるに足らぬ! さぁイサム殿、皆に一声かけてやってくれませんか?」

 突然の無茶振りに慌てる勇。

 士気高揚のため、このタイミングで迷い人である事を公開してよいかの確認はされたが、コメントを出せとは言われていない。

 ジト目でセルファースを見ると、ニヤリと笑い返された。

 諦めた勇は、一度大きく息を吐くと居並ぶ兵たちを見渡した。


「皆さん、迷い人として私がこちらへきて、2ヶ月以上が経ちました。右も左も分からない私に、子爵家の方々を始め皆さん本当に良くしてくれました。短い期間でしたが、すっかり私はこの街が好きになりました。その街が、領地が、今危機に立たされているとの事。私には残念ながら直接戦う力はありません。しかし幸運にも魔法具を作ることが出来ます。

多分この力は、今日のような日の為に授かったのだと思います。全力でお手伝いするので、どうかこの街を、領地を、皆様の力で守って下さい!!」

 気の利いた事は言えないので、偽りない素直な気持ちを伝え、頭を下げた。

 他力本願だが、それは仕方が無い。ただ真摯にお願いをするしかなかった。


「「「「「うぉぉぉぉぉーーーーっ!!!!!!」」」」」

 三度目の大歓声が上がった。

「任せてくださいっ!!!」

「この魔剣があれば敵なしですよ!」

「サクッと狩って来るんで、また新しい魔法具を開発してくださいよ!」

 口々に心強い言葉を発する兵たちに、思わず勇が涙ぐむ。

 そして頃合いと見たセルファースが、声高に宣言した。

「出撃するっ!!!」


「「「「「おおおーーーーーーーーっっっ!!!!」」」」」

 最高潮となったボルテージと共に、ついに討伐部隊が出陣していった。



 今回の作戦は、部隊を大きく二つに分けて展開される。

 ひとつは街から打って出て、街道並びに近辺の村や町を襲う魔物を殲滅する討伐部隊。

 そしてもう一つは、防備を固めてクラウフェンダムの安全を死守、および緊急時の後詰となる防衛部隊だ。

 参加戦力は、領都クラウフェンダムの全兵力である騎士団50名、兵士・警備兵合わせて150名の総勢200名。

 その内、最高戦力である騎士団は、全員がフェリス1型を装備しており、討伐部隊に40名が配備された。

 兵士たちは100名が討伐部隊に随行、内30名がフェリス2型を携行している。


 討伐部隊は、セルファース自らが指揮を執り、ディルークが補佐を務めるが、恐らく途中で隊を分け、それぞれが指揮を執ることになると見ていた。

 魔物たちは、どうやら街道を進みながら村や町があると半数ほどがそこを襲い、残ったものがまた街道を進むと言う行動を見せている。

 そのため、こちらも街道を行く部隊と村や町へ行く部隊に分かれることになりそうなのだ。


 一方の防衛部隊は、副隊長のフェリクスが指揮を執る。

 騎士の人数は10名と少ないが、魔法が得意な面子が多くおり、遠距離攻撃による防衛戦に長けた戦力となっていた。

 また魔力量の多いニコレットや、旧魔法を使えるアンネマリーや勇も、防衛戦力として参加している。

 そしてその防衛隊は、士気がやたらと高かった。


「にゃーーん」

「おお、オリヒメ先生じゃないですか! 先生がいらっしゃるなら、街の防御は問題無いですね!」

 織姫が防衛部隊の面々に対して慰労訪問を行っていたのだ。

 スタスタと身軽に城壁や櫓の上にいる兵の所へ行ったかと思ったら、交代メンバーが控えている詰所へも現れる神出鬼没ぶりで、士気高揚と緊張をほぐすのに一役どころか二役も三役も買っていた。


 そして深夜に出発した討伐部隊は、夜が明ける少し前、ついに街道上で魔物の群れと接敵するのだった。

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