第34話 販売用の魔法コンロ
風呂騒動に沸いた翌日、勇はエトと販売用の魔法コンロの仕様を考えていた。
ヴィレムはこちらに運び込む魔法陣の整理をするため、自宅に籠っている。
「最初の販売先は、やっぱり貴族じゃろうな。目新しいモノには目が無く、金に糸目をつけん連中も多い。それに、全く新しい魔法具と聞いたら、調べるために皆こぞって手に入れたがると思うぞ?」
「そうですね。当面量産も出来ないでしょうし、価格も高くなるでしょうからね。こなれてくるまでは、高級路線で行きますか」
魔法具と言うのは、元来値が張る。
遺跡から動くアーティファクトを発掘した上でコピーするのだが、この遺跡探索の難易度がすこぶる高いのだ。
何百年も前なら、遺跡の浅い階層でも発見する事が出来たので良かった。
しかし安全な所にあるアーティファクトが軒並み発掘された今となっては、危険を冒して深層へ潜るしかない。
実力のある冒険者や、
その点今回勇が開発した魔法コンロは、とんでもなく安い原価で出来ている。
何せ1,000ルインそこそこで買った魔法陣が元なのだ。そんなお金では、冒険者を1日雇うことが出来れば良い方だろう。
ただ、いきなりそれを元にした値付けをしても、あまり良いことが無い。
既存の魔法具とのあまりの価格差に、お得感よりも怪しさが先に来てしまう。
これまで300万円で売っていた車が、いきなり10万円で新車が買えます! と言っても、ほとんどの人が「ホントに大丈夫なのか?」と思うのと同じだ。
それに、そこまで目立つ金額だと、その理由をしつこく追及する貴族が必ず出てくる。
原価を抑える秘密が分かれば、これまで通りの値段で売って大儲けできるのだから、何をか言わんやだ。
そうしたリスクと、自領での生産能力を加味して、相場通りの値段でまずは少量から生産する事を決めた。
「貴族の場合、複数の竈を持ってるのが普通ですよね? ギードさん、最初から複数台買うと思います?」
貴族向けと決めた後、想定ターゲットそのものであるギードにもヒアリングを開始する。
「どうでしょうねぇ……。便利さが分かれば、料理人は間違いなく全部入れ替えたいと言うと思いますが、主人が良いと言うかどうかは、また別ですからね。あと、私は注意点や使い方を教えていただきながらでしたので戸惑いませんでしたが、何の説明もなく使うと色々戸惑うかと思います」
「あー、なるほど……、確かにそうですね。主人が良いと言うかどうかについては、もうその家の問題なので仕方が無いですが……。使い方とか注意点は伝えたほうが良いですね。んーー、いっその事、実演販売するのが手っ取り早い気がするけど……。あ、エトさん、魔法具って、どうやって売ってるのが普通なんですかね??」
「ん? 魔法具か? 基本的には魔法具屋に並べて売ってるのが普通じゃな。まぁ魔法具屋も規模が色々じゃから、全部置いてあるところは無いがな。注文が来てから作るようなヤツもあるし、自領の決められた店でしか販売していないような魔法具もあるぞ」
「なるほど……。魔法コンロは、どうやって売りましょうね? 大して作るのにコストはかからないので、魔法具屋にばら撒いても良いですが、注文が増えても作りきれないからなぁ……。今後の事も考えると、どこか信頼できる魔法具屋と専売契約を結ぶのが良さそうな気がするけど、どう思います?」
「そうじゃな……。別に慌てて売りたいわけでも無いし、むしろ少しずつ広まっていったほうが、イサムが注目されずに済むからな。他の貴族の息がかかっていない魔法具屋と契約するのが良いかもしれんの」
「分かりました。後でその辺りはアンネマリーさんと相談しましょうか。で、本題に戻ると、いきなりまとめ売りするのは難しそうなので、当初の予定通り火力の違う3種類で行きますか」
「うむ。それが無難じゃろうな」
「では、その方向で。後はアンネマリーさんも交えて、大きさとか見た目を決めましょうか。そろそろお茶の時間なので、その後にでも」
エーテルシアの貴族も昼食と夕食の間に、お茶の時間を設けている所が多い。
クラウフェルト家も例に漏れず、午後三時頃にラウンジで毎日お茶をしているのだ。
もっとも、集中し始めると夕食時に呼びに来るまで研究所に籠る事が多い勇は、あまり参加したことが無いのだが…。
ラウンジへ行くと、ニコレットとアンネマリーがお茶をしていた。
「あら、イサムさんがお茶しに来るなんて珍しいじゃない」
「こちらへお掛け下さい。ストレートでよろしかったですか?」
普段ほとんど顔を見せない勇の登場に、2人とも驚いているようだ。
「はい、ありがとうございます」
それを聞いたカリナが、見事な所作でお茶を入れていく。
「うん、美味しいですね」
出された紅茶の香りを楽しみながら一口飲むと、勇は話を切り出した。
「先ほどまでエトさんとギードさんと、魔法コンロの売り出し方について話をしてまして。当面は貴族向けに売る事と、当初の予定通り火力の異なる三つを売り出す事にしようと思います。あと、販売経路についてですが、どこか信頼のおける魔法具屋、それも他の貴族とかかわりが薄い所と専売契約しようと考えています。まず、こちらについてどう思いますか?」
勇の質問に、手に持っていたカップを置いたニコレットがまずは答える。
「貴族向けに売るのは賛成ね。最初はじわじわ売れればよいもの。火力ごとに分けるのも、自然と言えば自然ね。いきなりセットになってると値段も張るし、試しに使ってから買い足せるようにしておいた方が柔軟だわ」
「私も同意見です。問題無いかと」
ニコレットの言葉にアンネマリーも同意を示す。
「後は販売経路ね。真意を聞かせてもらっても良い?」
「はい。まずは、そもそもの供給台数が少ないからですね。販路を広げても商品が無いので、煩わしいだけです。また、きちんと説明しないと良さが伝わりにくい商品だと思うので、何度か実演販売をしたいと考えています。その場合、専売契約を結んでいた方が、融通が利きやすいと思うんですよね。
あとは、秘密の漏洩リスクですね。貴族の息がかかっていると、当然その貴族家の利益を優先するでしょうから、情報が筒抜けになる可能性が高いんです。今後も魔法具は増やしていく事になると思うので、ウチと運命共同体でやってくれるようなところが良いんじゃないかと」
「……。ふふ、ふふふふっ」
勇の説明を聞いたニコレットから、笑いが零れる。
「ごめんなさい、あまりに完璧だったから……。生産性とかもそうだけど、一番の懸案はどこまでイサムさんの秘密を秘匿できるか、だからね。その方向性で問題無いわ。都合の良い商会が無ければ、いっその事ウチで立ち上げちゃうことも考えていたくらいよ」
「可能であれば立ち上げるのもアリですね。まぁその場合既存の販路が無いので、全部新規開拓する事になりますが……」
「そこが懸案なのよね。まぁまずは心当たりを当たってみるわ。このあたりの仕事は私達がやるべきところだから、イサムさん達は商品の仕上げをお願いね」
「ありがとうございます。私にはまったくその手のツテは無いので、お願いします」
「もちろんよ。任せておいて。アンネ、あなたも丁度良い勉強になるから、手伝いなさいね」
「はい、もちろんです!」
「後は、大きさと見た目についても相談したくて……。貴族向けとなると、やっぱりこう、豪華な見た目にした方が良いですかね? 基本厨房に置くものだと思うので、他人に見せたりすることはあまりないような気はするんですが、どうなんでしょう??」
「自慢できるものは何でも自慢するのが貴族らしい貴族だからねぇ……。見栄えがするなら、ダイニングやリビングにも置いておく可能性はあるわね」
「なるほど。そうなると、やっぱり色々と装飾を施したほうが良いのかなぁ」
勇が唸っていると、アンネマリーが控えめに発言する。
「今回は全く新しい魔法具ですよね? 機能的にももちろんそうですが、コピーじゃない、オリジナルの魔法陣で作られた世界初の魔法具です。当面それを表に出すことは無いかもしれませんが、せっかくなので見た目もこれまでにない感じに出来ないでしょうか? 具体的にどう言う感じ、と言うのはないのですが……」
具体案が無い事で気が引けるのか、後半に行くにつれて声のトーンが落ちてしまう。
しかし勇には、アンネマリーの言葉が自分の作った魔法具が他の魔法具とは違うものだと言ってくれている気がして、否応なくテンションが上がる。
「うん! それは良いですね!! デザインなんてこれから考えればいいんですもんね! 今までにない見た目の魔法具にしましょう! ニコレットさんも、それで良いですよね??」
「え、ええ。もちろん問題無いわ」
いつになく押しの強い勇の言葉に、少々たじろぎながらニコレットが返事をする。
「じゃあ、早速お茶の後にデザインについて相談したいんですが、お時間大丈夫ですか?」
「お母様、商会に関しては明日以降ですよね?」
「ええ、さすがにこの時間から訪ねる訳にもいかないしね」
「ありがとうございます。と言う訳で問題ありませんので、よろしくお願いします」
予定に問題が無い事を確認したアンネマリーは、勇、エトと共に研究所へと向かった。
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