第28話 機能陣解読完了のお知らせ

 ヴィレムから読める機能陣を手に入れてから丸三日、勇は研究所に引きこもりその解読に没頭していた。

 流石に食事はダイニングでとっていたが、あいさつ程度で会話らしい会話も無く、食べ終えるとすぐにまた研究所に戻るという徹底ぶりだった。

 エトは魔法陣を読む事が出来ないため、勇が解読するのを見学しつつ、効率化された魔法カンテラの起動陣を作っている。


 一方その間に、勇の提案した食事療法でセルファースの病状が改善に向かっていたため、ニコレットが時間を取ってほしそうだったがこれを完全に無視。

 またその食事療法を提案した時、野菜類を洗うのに当たり前のように水魔法を使っていたことについて聞きたそうだったアンネマリーも同じく完全無視する。

 おかげで女性陣の不満が大いに溜まっていくのだが、織姫によるペットセラピーが功を奏し、表面化せず無事三日が過ぎたのだった。


 そして四日目の朝。手に入れた機能陣の解読をあらかた終えた勇は、晴れやかな表情で久々に会話をしながら朝食をとっていた。

「おぉ、それじゃあセルファースさんの体調は良くなってきたんですね!? はぁー、良かった、効き目があって……」


 真っ先に話題に上がったのは、セルファースの遠征病に対する食事療法の経過だった。

 野菜嫌いのセルファースは、果物のジュースはまだしも、この期に及んでもスープには難色を示したらしい。

 それを見てとうとうブチ切れたニコレットに、食べないなら縁を切ると言われて慌てて食べ始めたというから、筋金入りの野菜嫌いのようだ。


 セルファース以外にも壊血病になった者はいたのだが、ビタミンCの欠乏によるものなので、遠征から戻ってきて新鮮な野菜を再び食べ、皆回復していた。

 なので、普段から野菜をほとんど食べず、遠征から戻ってきてからもほとんど野菜を食べなかったセルファースだけが重症化してしまったらしい。


「まったく……、領主が野菜嫌いが原因で死んでたかもしれないなんて、笑い話にもならないわ! これからはキッチリ野菜を食べさせないと。ありがとうね、イサムさん。おかげで大恥をさらさずにすんだわ……」

「あはは、大事にならなくて良かったです。ビタミンCは遠征病の予防になるのはもちろんですが、他の病気に対する抵抗力も上げてくれます。でも、一度にたくさん食べても蓄積されるものではないので、普段から食べ続けるのが一番良いんですよ」

「へぇ、そういうものなのね。しかしイサムさんが、医術にも詳しかったなんて驚きだわ……」

 ニコレットの言葉に、アンネマリーもこくこくと頷いている。


「私のいた世界では、このあたりの知識は医者じゃなくても殆どの人が知っていたと思います。学校で計算や読み書きと一緒に一般常識として習うんですよね。あ、学校ってこちらにもあるんですかね? 同じ年齢の子供が大勢で集まって、勉強を教えてくれる場所なんですが」

「お母様、子供たちが勉強する場所、というと学園でしょうか?」

「そうなるわね。こちらにも学園と呼ばれるものがいくつかあって、そこで色々と教わる事が出来るわ。勉強だけではなく、魔法学園なら魔法を、騎士学園なら戦い方を学ぶの。ちなみに私もアンネも魔法学園の出よ。夫は長子だったから貴族学園だったけど。似たような施設なのだとしたら、イサムさんは向こうの貴族だったのかしら? もしくは大商人の子供とか?」


 この世界の学園は、数も少なく授業料も高額な上全寮制なため、事実上貴族か一部の大商人の子息専用となっていた。

 唯一の例外が、魔法や武術に著しく優れている者で、その場合は平民であっても特待生として無料で学ぶ事が出来る。

 しかし、平民の子供が魔法や武術に詳しいことなど稀なので、結局はほとんど貴族しかいないのだが……。


「いやいや、いたって普通の平民ですよ。私のいた世界では、6歳から学校へ通うんですが、15歳までの基本的な費用は国が負担してくれて無料でした。なので、15歳まではほぼ全員が学校へ行ってます。と言うか、学校へ行かせないと親が罰せられます……。そこから更に学びたい人は、実費ですけど。それでもほとんどの人が18歳か22歳までは学校へ行っていましたね。私も22歳まで学校へ通ってましたよ」


「15歳まで無料!? しかも6歳からって……。とんでもないわね。そりゃあ医術が一般常識にもなる訳よ。こっちも卒業は大体15歳だけど、入学は12歳からよ?」

「そうなんですね。まぁ、魔法も戦い方も教えてもらっていないので、学んだことがこちらで役に立つかは分からないですが」

「いやいや、つい最近夫を救ってもらったばかりでしょうに……。能力スキルばかりに目が行っていたけど、実はそれよりイサムさんの持ってる知識の方がよっぽど凄いのかもしれないわね」

 ははは、と笑いながら言う勇に、そんな事は無いとニコレットがすぐさま反論する。


「お役にたっているなら良かったです。あ、ちなみにビタミンCは、女性も意識して取ったほうが良いかもしれませんね」

 このままベタ褒めされるのも背中が痒いので、勇が話題を変えた。


 変えたのだが、その内容が悪手だった。


「どういう事?」

「ビタミンCは、身体の抵抗力を上げるような栄養なんですが、何もそれは体の中だけに限った話じゃないんです」

「「??」」

「お肌も綺麗になる、という事ですね」

「「!!!!」」

 いまいちピンと来ていない女性陣二人に、勇の言葉がクリティカルヒットした。


「……。イサムさん、ちょーーっとそのお話詳しく聞かせてもらえないかしら?」

「お母様、今日の午前の魔法訓練は中止にしますね。ルドルフ、皆にそう伝えておいて。という事でイサムさん、そのお話をゆっくりじっくりお聞かせくださいね」

「え、あ、はい……」


 有無を言わせない母娘の強烈な圧に、勇はそう返事をするしか無かった。

 その真剣さは、勇が魔法語を読めると分かった時より上かもしれない。

 こうしてこの日の午前は、己の安易な発言による盛大な藪蛇で現代日本のスキンケアについてレクチャーする羽目になるのだった。


「はぁぁ、酷い目にあったよ織姫。女性の美に対する情熱は甘く見たら絶対だめだね……。って織姫も女性か。やっぱり毛艶とかは気になるかい?? まぁ、こっちに来ても織姫の毛色と毛艶は世界一綺麗なままだから大丈夫だけどね!!!」

 午前中みっちりスキンケア談義をし、そのまま昼食を取ってようやく解放された勇は、研究所で織姫をブラッシングしながらぐったりしていた。


「何をやっとるんだ、お前さんは……」

 先に来ていたエトが、そんな勇を見て呆れる。

「んな~ぅ」

 勇の膝の上にいる織姫も、同意するように小さく鳴いた。


「まあええ。ところでついに機能陣の解読に成功したそうじゃな? これまで全く読めなかったというのに、何があったんじゃ?」

「今までのが読めなかった理由はまだ分かりませんね……。たまたま読める機能陣を手に入れた、というのが正しいんです」

「なるほど。ガラクタ通りの魔法陣墓場で買ったと言っておったな? となると、おそらくアーティファクトの一部じゃろうな。高額なアーティファクトと言えど、使い方の分からない魔法陣単体には、魔法具としての価値はほとんど無くてな。ヴィレムのような変わり者か、一部の研究者くらいにしか需要が無いんじゃ。アーティファクトの中に読めるものがある事が分かったのなら、イサムにとっては宝の山かもしれんな」


「ええ。出来れば継続して仕入れられないかと思っています。アンネマリーさんとは、ヴィレムさんを専属として雇う事も視野に相談しています」

「ふむ。それが良いかもしれんな。ところでイサムよ、解読した機能陣にはどういう効果があったんじゃ!??」

 ずっとソワソワしていたエトだったが、ついに我慢できずに本題を切り出す。


「全部で四つ、読める魔法陣がありました。そのうち二つは炎系のもの、一つは水系のもの、残りの一つはよく分からないものでした」

「よく分からない? 魔法陣が読めるイサムにも分からないものがあるのか?」

「ええ。読めると言っても言葉の意味が頭に入ってくる感じなんです。で、そのよく分からないものについては、私の理解できない理論で書かれているのか、意味がよく分からないんですよね……。部分的に分かる単語や表現はあるので、もう少し私の理解が追い付いてきたら理解できるかもしれません。それまではちょっと脇に置いておこうかと……」

 

「なるほどな。まぁまずは意味が分かった奴だけでも三つあるんだし、そっちからじゃな」

「そう思います。まず炎系ですが、一つは対象を温める効果がある機能陣で、9割ほど魔法陣が残っていました。もう一つのほうは、火を起こすものだと思われますが、4割程度しか残っていないので確信が持てません。ただ、運が良い事に一つ目に欠けている部分が残っているんですよね。なので、今回はまず対象を温める機能陣および魔法具を作ってみようと思います。で、水系のほうは水を生み出す魔法具のもののようですね。こちらは6割程度が残っている感じなので、すぐに再現は出来ないですが、試行錯誤したらある程度いけそうな感じです」


「ほほぅ、いきなり動く機能陣が作れそうなのか……。そいつはとんでもないな」

「まぁ、何故か読めない機能陣の何倍もの大きさがあるので、魔法具にした時に大きくなっちゃいますけどね」

 勇は苦笑しながら熱の付与エンチャント・ヒートの魔法陣を指差すが、エトがそれに真っ向から反論する。


「何を言っとるんじゃ。これまで誰も成しえなかった、独自の機能陣開発なんじゃぞ? 大きさなんぞ何の問題にもならんわい。これが実用化されたら、世界がひっくり返るぞ? 動くアーティファクトが無くても魔法具が作れるようになるだけじゃなく、長年の夢だった“好きな魔法具”を作れる可能性が出てくるんじゃからな」


「あはは、確かに夢は膨らみますね。じゃあ、がんばって作ってみますよ!」

「うむ、その意気じゃ。どこまで手伝えるかは分からんが、俺も魔法具師の端くれとして必ず技術を身に付けてみせるわい。スマンがこれからもよろしく頼むぞ!」


 勇とエトは握手を交わすと、いよいよ魔法具の試作へと取り掛かるのだった。

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