第46話


 カムイやヴィクトールさんならこういう時に祝い酒だと浴びるように酒を飲む気がするが、あいにく俺達は二人とも酒の美味さのわからない子供舌だ。


 以前バーベキューをした時に作っておいた大量の肉を取り出しながら、ささやかな祝いの席を設けることにした。


 以前は疲れてへとへとになりながらも栄養補給としてなんとか食っていただけだったし、まともな調味料もなかったのでほぼ素材の味そのままだった。

 だが今回は街でしっかりと塩や香辛料を用意しているため、しっかりと料理として楽しむことができた。

 味覚が渾然一体となって服がはじけ飛びそうになる、そんなパワフルな味がする。

 お粗末!


「ふぅ……」


 腹がパンパンになるまで飯を食うと、一気に眠気が押し寄せてくる。

 今までずっと気を張っていた反動か、なんだか頭がぼやーっとしている。

 ちょっと気が抜けているという自覚はあるが、この一年間気が休まる暇なんてまったくなかったのだ。

 少し呆けるくらいのことは許してもらいたいものである。


 俺が肉の脂でてらてらになっている口を開けて呆けていると、既に食事を終えて果実水を飲んでいるアリサはジッと手のひらを見つめている。

 握ったり開いたりを繰り返しながら、何かを確かめている調子だった。


「お父さん達、どうしてるかしらね……?」


 その言葉を聞いてハッとする。

 そうだ、最大の難所は乗り越えたとはいえ、俺達はまだ本来の目的であるカムイ達との合流ができたわけじゃない。

 まだ気を抜くには少し早かったみたいだ。

 いけないいけない。俺みたいな小物はすぐに慢心してしまうのが良くない。

 そういう端役は大抵の場合、舐めプをしていて足下を掬われて死ぬからな。

 そんなことならないよう、今一度気を引き締めなくては。


「あの二人なら、案外楽しく暮らしているような気もするけどね」


「そ、それはそれでちょっと複雑かも……」


 心配していてほしくはないけど、やっぱりちょっとくらいはしておいてほしい。

 乙女心は複雑らしかった。


 しっかし、カムイ達か……たしかに今、どこで何をしてるんだろうか。

 もう一年も会ってないし、もしかするとどっかりと老け込んでいたりするのかもしれない。

「そろそろ寝る?」


「そ、そそそそそうね!」


 めちゃくちゃどもっていらっしゃる。

 まあわからなくはないけど、なにせ……。


(ダブルの部屋しか空いてなかったからなぁ)


 くるりと振り返るとそこには、少し大きめのサイズのベッドがででんと鎮座していた。

 他に部屋が空いていなかったから仕方ないんだけど。


 にしてもそんな緊張しなくていいと思うんだけどな。

 洞穴を使ってた時は普通に同じ場所で寝たりもしてたわけだし。

 それに添い寝だって何度かしてるしな。


 横になり、俺が右側、アリサが左側を使うことになった。

 最近身体が大きくなってきているからか、スペースにさほど余裕はなかった。

 寝返りが打ちにくいので、非常に寝苦しそうだ。


「もっとこっちに来ていいわよ」


「それじゃあ遠慮なく」


「ちょ、ちょっとは遠慮しなさい!」


 ポカリと殴られた。

 無意識のうちに身体強化を使っていたらしく、顔がものすごく痛い。

 せ、成長したねアリサ……(半泣きで頬を抑えながら)。


「な、なんで泣きそうになってるのよ……別に嫌なわけじゃないからね?」


 俺が拒否されて泣いていると思われたからか、なぜかぎゅっと抱きしめられた。

 感じるヌクモリティと、腹のあたりに感じるやわらかい感触。


 緊張して本人はまったく気付いていない様子だったが、胸が当たっていた。

 そちらも一年の間でずいぶんと成長していたようで、お椀型の双丘がむにゅんと押しつぶされている。

 俺のリトルボーイが自己主張を始めようとしたが、元実家の嫌なやつらを思い出してなんとか平常時に戻した。


 どうやら俺が内なる獣と葛藤している間に、アリサの方も考え事をしていたようだ。


「クーン……実は私、言っておきたいことがあるの」


 目を開くと、当然ながらすぐ目の前にアリサの姿があった。

 抱きしめられているので、見下ろす形になる。

 一瞬また起き上がりそうになるが、彼女の真剣な表情を前にしてマイサンはしっかりとその場に留まった。


「父さん達と再開したら私……ヒュドラシアに行こうと思ってるの」


「ヒュドラシアって……カムイ達が出て行った国だよね?」


「うん、色々考えたんだけど、それが一番いいかなって」


 二人で上体を起こすと、アリサはそのまま立ち上がった。

 木枠の窓を開けると、そこには満天の星空が広がっている。

 月光をその身に受ける彼女の姿は、絵画の一枚に切り取りたいと思うほどに美しかった。


「私ね……自分に流れる血が嫌いだったの。付与魔法を使いたいなんて思ったこと、一度もなかったし」


 血統魔法を使えるというのは、何もいいことばかりじゃない。

 そもそもの話彼女が付与魔法を使うことができなければ、命がけで大陸間航行をしたりする必要はなかったんだから。


「私のせいで、父さんにも母さんにも迷惑をかけちゃうし。こんな風になるのなら、最初から使えない方がいいのにって何度も思ったわ」


 くるりと振り返ると、以前より伸びた髪の毛がふわりと動いた。

 その上背は、一年前と比べるとあまり変わっていない。

 けれど今の彼女は、びっくりするほどに大人びて見えた。


「でもそうやって否定して、目を背けるだけじゃ変わらない。私も向き合わなくちゃって思ったの。もう子供じゃないんだし、現実を見つめなくちゃ」


 隔世遺伝で受け継いだ付与魔法を使うことができる自分自身と、向き合うために。

 俺だってまだできないことを、既にアリサはやってのけていた。


 俺が彼女を守らなくちゃと強くなろうとするうちに、彼女はただ守られるだけの存在ではなくなっていた。


 人は成長する。

 俺も、そしてアリサも変わっていく。


「このまま逃げ続けるのはもうやめ。たとえどんな風になるにせよ……向き合うって、そう決めたから」


 けれど成長しても、変わらないものだってある。

 三つ子の魂百までってやつだ。


「俺も行くよ」


 アリサが決めたのなら、もちろん反対はしない。

 けど俺にもできることがあるはずだ。

 今この場にいないカムイやメルだって、きっと同じ事を口にすると思う。


「どうして……どうしてクーンはいつも、私のことを助けてくれるの? ラカント大陸の時だって、私を見捨てれば、クーン一人になればもっと簡単に逃げられるはずだったのに」


「どうしてって、そんなの決まってる。アリサのことが、好きだから」


「なあっ!?」


 一生をかけて守ると、俺は自分の心にそう誓ったのだ。


「アリサは俺の、大切な家族だからね」


「そ、そそそそそうよねっ! 勘違いした私がバカだったわ!」


 俺はずっと、疑問に思っていたことがある。

 もし輪廻転生を司る神様がいるのだとしたら、俺は一体何故この世界に転生してきたのだろうかということだ。


 けれど今ならその理由がわかる気がした。

 生きる意味というのはきっと、誰かに決められるものじゃない。

 こうと自分で決めて、生きていくことしかできないのだ。


 アリサが自分の血と戦うというのなら、俺もその一助になろう。

 これは神様に決められたものじゃなくて、俺が決めた、俺の意志だ。


「すぅ……」


 横になったアリサは気が弛んだからか、そのまますぐに眠ってしまった。

 寝顔をジッと見つめていると、ふわりとちょっぴり汗臭いアリサの匂いが漂ってくる。


 俺はほんのりと温かい体温を感じながら、アリサと一緒に眠る。

 その日は魔力は使っていないけれど、ぐっすりと眠ることができた。

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