第47話


 次の日から、俺達は急ぎ領都ベグラティアへ向かうことにした。


 ヴィクトールさんの鬼の扱きのおかげで、今では二人とも身体強化を使って長時間の走り続けられる。下手に馬を調達するより、一昼夜自分達で駆ける方がよっぽど早く移動することができた。


 そしてそんな移動して街に寄って寝るだけの生活を続けること半月ほど。

 道中再び刺客に襲われるようなこともなく、俺達は無事にベグラティアにたどり着くことができた。


「とうとう来たわね……」


「……うん」


 目の前に見えるは、懐かしの我が家。

 実家よりも実家なカムイ家を見ると、本当に帰ってきたのだと心がじんわりと温かくなってくる。


 ただ近付くにつれ、俺達の顔は強張っていった。


 毎日メルが手入れをしていたはずの庭が、かなり荒れている。

 丁寧に剪定されて高さを揃えられていたはずの木々はでこぼこになっていて、そのおかげで庭の様子が外からもよく見えるようになっている。


 隙間から見える中の様子には、生活感がない。

 家全体が、わずかに埃を被っているようにも見えた。

 ひょっとしなくてもこの一年で、カムイ達はここを去ったのかもしれない。


 ただそれ自体は考えていた可能性の一つだ。

 俺達が転移で飛ばされたとなれば、彼らが探しに街を出ている可能性もかなり高いと考えていた。


 ドアベルを叩くが、人の反応はない。

 鍵を取り出し、ゆっくりと開く。


 すると生活感のまったくない玄関があった。

 家具なんかはそのままで放置されているが、靴は一足も残っていない。


「どうやら再会は、もう少し後にお預けみたいね」


「だね、とりあえず手分けして探そうか」

 

 何か手がかりはないかと、二人で別々の部屋を物色し始める。

 すると探していたものは、実はあっさりと見つかった。

 リビングにあるテーブルの上に、ぐちゃぐちゃと汚い文字で『頼りになる息子とかわいい娘へ』と記された、間違いなくカムイの筆跡の手紙が残されていたのだ――。




『お前らが今この手紙を読んでいるってことは、恐らく俺らが探し出すより早く、お前達が自力で家に帰ってきたってことになるだろう。多分必死になって探している親としては情けないが、クーンがそつなく動けば、案外あっさりと帰ってきていそうな気もする。俺としてはその可能性も結構高いと思ってるから、こうやって手紙を残している。まずは一言――良くやった。

この手紙をアリサとクーン、二人で読んでくれていることを何より願っている。


現状についての話をしよう。まずお前達を転移させた男達は、とりあえずまとめて捕まえた。流石に皆殺しにしたら俺がお尋ね者になっちまうからな。ちなみにここの官憲が無能なせいで何人かには逃げられたらしい、本当にふざけんなって話だ。あいつらがまたお前達を狙ってないといいんだが……。


現在はお前達が転移をしてから三日が経っている。男達をボコして捕まえた俺達は事情聴取が終わり、無事無罪放免になった。

お前達を誘拐された子供扱いで依頼を出すことも考えたが、それだと別の悪い虫に狙われる可能性もあるので、あえてしないことにした。


狙われたのがアリサで、転移の魔道具が使われた。となると恐らく、ラーク王国だけの企てじゃない。

間違いなくヒュドラシアの奴らが一枚噛んでるだろう。

なんにせよ、ラークではできることに限りがある。

情報を集めるために、俺とメルはヒュドラシアに戻ることにした。

幸い二人とも全て捨ててこっちに来たが、戻れば立場ならある人間だからな。権力だろうが金だろうがなんだって使って二人を探し出すつもりだ。


もしこの手紙を読んだのなら、可能であればヒュドラシアに来てほしい。多分だが王都のザンティアあたりにいることになるだろう。


俺達はお前らがこれからどうするつもりなのか、いちいち口うるさく意見するつもりはない。こちらには来ずに、どこかで平和に暮らしてもらうって選択もありだと思う。


ただできるなら……顔を見せに来てくれると嬉しい。

俺達の未熟のせいでひどい目にあったお前達からすればふざけんじゃねぇと思うかもしれないが、それでももう一度顔を見たい。

……へっ、らしくないことを言っちまったな。


まあなんにせよ、一度遊びに来いよ。ヒュドラシアは観光する分にはいいところだぜ。権力闘争や足の引っ張り合いで内側はドロドロに腐ってるが、見てくれだけなら綺麗な場所だからよ』



 この手紙を読んだ俺達は顔を見合わせる。

 二人の間に、言葉は要らなかった。


 次に行く場所はヒュドラシア王国だ。

 そこに――カムイ達がいる。

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