第44話
「げほっ、げほっ……てめぇら、舐めた真似しやがって……」
他の三人は処理できたみたいだけど、完全には仕留めきれなかったらしい。
身体強化を使って瞬間的に防御力を上げたのかもしれない。
当然ながらあちらの言葉には反応せず、再び無詠唱魔法を放つ。
夜の視認しにくい中で攻撃を当てられるよう、使うのは風魔法だ。
突如として発生した真空刃が命中していく。
ただ急所はしっかりと守っていたため、表面に浅い傷を作るだけだ。
「俺は右の馬面をやる」
「じゃあ私は左のね」
「転移の魔道具には気を付けてね」
「もちろん」
俺達をラカント大陸に飛ばしたのは、転移の魔道具だ。
今の付与魔法では再現できない超がつくほど高価なものらしいが、もしかすると二つ目もあるかもしれない。
本当ならアリサの側で彼女を守りたいが……あの馬面に甘さを残していては、勝てない気がする。
横の男も強いだろうが、馬面より強いということはあるまい。
だからしっかりと距離を離して、一対一の状況を作ることにした。
突風を吹かし、馬面の男を吹き飛ばす。
俺はその後を追いかけるため、身体強化を使って加速した。
背後から聞こえてくる剣戟の音。
けれど、振り返りはしない。
信頼しているからこそ、俺は俺にできることをやるだけだ。
強風を出力任せに叩きつけると、馬面の男は為す術もなく吹き飛んでいった。
着地した時点や樹に激突した時点でとっかかりを作って逃げようともしていたが、広範囲に渡って風を使っているおかげでそれもできないでいる。
ただ軽いダメージこそ与えられているが、致命傷にはほど遠い。
これだけで倒せる気はまったくしない。
ある程度距離を離し、ついでに強風で軽く火消しを行ったところで魔法の使用を止める。
最後に一度樹に叩きつけられた馬面は、先ほどより泥だらけになっている。
あちこち擦り傷だらけなのは間違いないが、やはり致命傷だけは綺麗に避けているようだった。
「ちっ、むかつく野郎だぜ……」
土埃を払う馬面の男を見ていると、一年前のことが脳裏にまざまざと蘇った。
何もできないままにやられ、助けを求めることしかできなかった無力な自分。
だが今の俺は、あの時とは違う。同じ結果にはならないはずだ。
そう自分に言い聞かせる。
こいつは間違いなくゴリゴリの前衛タイプだ。
だったら相手には付き合わず、こちらの得意を押しつけてやる。
無詠唱で岩石弾を放つ。
男はその攻撃を見切り、腰に提げている短剣を振る。
すると音もなく、岩石が真っ二つに割れた。
短剣であれだけの威力が出せるとなると、間違いなく身体強化の使い手だ。
俺は後ろに下がりながら、更に魔法を連発していく。
相手の踏ん張りを利かせなくするために足下を窪ませながら火魔法を放ち、踏ん張る瞬間に敢えて土を盛り上げて一撃には力を乗らせない。
接近は地面の凍結と泥濘化で防ぎ、俺は同時に気力で身体強化しながら距離を保ち続ける。
「ちいっ、しゃらくせえっ!!」
男が俺が想像していた以上の使い手であることはすぐにわかった。
俺が放った魔法は岩石だろうが竜巻だろうが青い炎だろうが、こちらの魔法はその全てが斬り伏せられる。
明らかに短剣のリーチだと不可能なはずだが、よく目を凝らして観察すると短剣の刀身が延長するような形で光の刃が伸びている。
あれも身体強化の賜物なのだろう。
小回りが利く短剣にあれだけの威力が込められるとなると、実際かなりの脅威だ。
剣術や拳術のように、短剣術として研ぎ澄まされているのだろう。
「おおおおおおおっっ!!」
だが明らかに俺より上手の馬面の動きを見ても、俺の方にまったく焦りはない。
焦れて動きが雑になっているのはこちらではなく馬面の方だった。
ある程度の使い手になると、己の武器を使って魔法を蹴散らすくらいのことは当然にしてくる。実際ヴィクトールさんだって、拳で俺の最大火力の魔法を蹴散らせるしな。
だが彼と実戦をしていくうちに、俺は気付いたことがある。
彼らは魔法を完全に無効化できるわけではない。
いかに一流の戦士であっても、土魔法による地形の操作の影響は受けるからだ。
また、魔法を攻撃でかき消すことはできても、魔法の影響は消すことはできない。
風魔法で発生した衝撃波は食らうし、火魔法で放った炎の熱はしっかりと肌を焼く。
なので全ての攻撃をかき消されたとしても、ダメージは確実に蓄積していく。
ただこの世界においては、一流の魔導師と一流の剣士が戦った場合、勝つのは後者という考え方が一般的だ。
戦士が魔法の余波で息切れをするよりも、戦士が魔導師に接近をして斬り伏せる方が速いからである。
「クソッ、なんで……なんで近づけねぇ!?」
だが俺はそんな常識を、魔法の二重発動と気力による身体強化で根底からひっくり返すことができる。
そもそも身体強化をしながら魔法を使えるやつがいないし、よしんば居ても移動阻害と攻撃、そして逃走という三つの行動を同時に取れる魔導師は存在しない。
これは前世と今世、二つの魂を持ち気力が使え、一発で測定球を壊すほどの圧倒的な魔力量がある俺でなければできない戦い方なのだ。
この戦い方には花がない。
基本的に魔法を連発してこちらに近づけずに勝利を収めるやり方だからな。
俺だって圧倒的な火力で敵を焼き殺したり、強力な身体強化で敵を一刀両断するのが理想ではある。
だが勝つために手段を選んでいられるほど、俺は強くない。
必殺の一撃を入れるためには五秒ほど集中する必要があるから、この状況じゃまともに使えないのだ。
だから淡々と、相手の動きを観察しながらこちらに出してくる手を潰し続ける。
相手にはターンを回さず、機械的に魔法を使い続ける。
ただこれはこれで、やってる側は結構楽しかったりする。
ソリティアで相手を封殺するの、嫌いじゃなかったんだよなぁっ!
(しっかしこれは……真っ向から接近戦挑んでたら、かなり危なかったかも)
相手は俺が放っている魔改造した無詠唱中級魔法を軽々と斬り伏せている。
戦い始めた時と比べれば剣速は明らかに落ちてはいるものの、それでもその剣閃は驚くほどに鋭い。
気力が使えるからと調子に乗って挑んでいたら、かなり痛い目を見ていたに違いない。
「クソが! まともに戦いやがれ、この卑怯者がああああああぁっ!!」
一向に変わらぬ距離に増えていく傷。
馬面の男の咆哮を耳にしても、心はまったく微動だにしない。
なぜならこれが俺の、まともな勝ち筋のある戦い方だからだ。
たしかにこいつは強い。
拳聖のモンタルさんより強いかもしれない。
(けど――カムイや、ヴィクトールさんほどじゃないっ!)
彼らの速度と実力を知っているからこそ、何をされても慌てることなくしっかりと対処することができる。
相手を寄せ付けることなく、一方的に封殺することができる。
「これで……トドメだっ!」
放った鎌鼬が、馬面の男の首筋に深々と食い込む。
喉を深く裂かれ、声にならない声で何かを呟いた男は、そのままドサリと地面に倒れ込み……そして二度と動くことはなかった。
以前アンデッドと戦った時のことを思い出ししっかりと死んでいるかを確認してから、ガッツポーズを取る。
(あの時の雪辱……きっちり晴らさせてもらったぞ)
自分は強くなれているのだという感覚が、じわじわと湧き上がってくる。
ただ、今はその実感に酔っていられるタイミングではない。
俺は急ぎアリサを置いてきた場所へと向かう。
するとそこには――。
「――ぶいっ!」
ピースサインを抱えながら、もう一人の敵を倒しているアリサの姿があった。
余裕がなかった俺とは違い、しっかりと敵を生け捕りにすることまでできている。
そして俺達はその男から必要な情報を聞き出してからしっかりと消火活動を行い、そのまま夜の闇の中へ消えていくのだった。
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