第41話


 魔物相手の戦闘ならかなりの数をこなしてきたという自負があるが、船上戦闘は初めてだ。


 とりあえず一番気をつけなければいけないのは、襲ってくる魔物に船を傷つけさせないこと。


「銛つけ、銛!」


「「「おおおおおおおおっっ!!」」」


 ヴィクトールさんの弟子であるモンタルさんとその弟子であるという漁師達は、一糸乱れぬ動きで銛を突き出し、襲いかかろうとする魔物達を相手取っていた。


 船の上に上がってこようとしているのは、上体が人型で下半身は魚である魚人の魔物、マーマンである。


 醜悪な顔からは尖った牙が覗いており、開いている手のひらには水かきがついていた。


 漁師のおっさん達は投擲用の短い銛を投げてマーマン達を仕留め、上がってきた個体には長い銛を使って接近戦を行っていた。

 それは戦闘というよりなぶり殺しといった良いほどに圧倒的だった。


 この世界の漁師は、水棲魔物と戦うだけの実力が必要になる。

 彼らは皆が気力を扱うことが可能で、中でもモンタルさんは拳聖の称号を持つほどの使い手だ。


「シッ!」


 ただひとり、銛を持たずピーカプースタイルで魔物に接近していくモンタルさんは、一撃でマーマン達を吹き飛ばし、あっという間にその数を減らしていく。

 その戦いっぷりにはまったく危なげがない。

 魔法の援護もまったく必要なさそうだ。


 少し引いたところから全体の戦局を俯瞰していたらしいヴィクトールさんから声がかかる。


「クーン君達は船尾側をお願いします!」


「了解です!」


「わかったわ!」


 船尾の方にも船員達が控えている。

 ただ銛の数が潤沢にないからか、彼らは己の気力で生み出したらしい銛を投げていた。

 なるほど、たしかにここなら俺達の力が活きる。


 敵が基本的に水中にいるため、風魔法による探知は使えない。

 なので同じ事を水魔法でやることにした。

 船の周囲の水に軽く水流を作ってやり、その乱れから敵の大体の見当をつけるやり方だ。


「十時の方向!」


 初めてのことなので慣れるまでには時間がかかる。

 俺が索敵に専念すると、アリサが魔法を使って積極的に援護を始めた。


 最初のうちは俺達が見当違いの方向に魔法を打っていると思っていた漁師達も、俺が言った通りの場所から魔物が出てくるのを何度も確認しているうちに、俺の指示に従うようになった。

 水流操作に慣れてきてからは、俺も戦線に加わって魔法を使っていく。


 今では魔法を同時に複数起動させることもお手のものだ。

 感覚としては両手で別の文字を書いてるようなものなので、慣れればそこまで難しくはない。


 どうしても普通に使うより効率が悪くなるため、魔力を使う量は倍では効かない。

 使える人自体かなり限られた技術だが、魔力量なら自信のある俺なら問題なく使える。


「グギャアアアッッッ!?」


「うーん……やっぱり火魔法だとちょっと微妙か……」


 俺がこんがりと焼いたギザ歯のイタチみたいな不思議生物が水面に落ちていく。


「す、すげぇ……」


「あの子、索敵もしてるよな? なんで普通に攻撃魔法も使えるんだよ……」


 フィールドが海ということもあり周囲の被害を気にする被害がないのはありがたいけど、火魔法の一番の利点のスリップダメージが狙えないのがあんまり美味しくないな。

 他の属性を使った方が良さそうだ。


「キシャアアアアッッッ!!」


「岩石弾だと威力は十分だけど、変なところに跳ねるのがちょっと怖いか」


 俺の岩石弾を正面から食らった巨大なウミヘビのような魔物が、顔面をぐしゃぐしゃにしながら海の中へと落ちていく。


 魔法を弾けるような敵が俺の攻撃をそのまま船にぶつけてきたりすると面倒だ。

 なるべく相手に悪用されないような魔法を使いたいところだ。


「ありがとう、助かった!」


「いえいえ、無理を言って船を出してもらったのは俺達なので!」


 船員の男の人達と一緒に連携なんかもしながら、魔法を使って援護や迎撃を繰り返していく。


 色々と試していく中で、一番使い勝手がいいのは水魔法だった。

 周囲が水に満ちているおかげで、使用する魔力が少なくて済むからね。


「キツいなら変わるわよ?」


「いや大丈夫、アリサは今のうちにしっかり休んどいて。キツくなったら声をかけるから」


 この南海はいくつかの海域に分かれており、魔物が襲撃してくる確率の高いポイントが判明している。


 今俺達が入ったある程度の強さが魔物が出てくる海域を抜けるまでには、まだ数時間かかる。

 当然ながら気力や魔力というのは、無尽蔵に湧き出てくるわけじゃない。


 長丁場になるから、魔力も気力もしっかりと節約できるところでは節約していかないといかない。


 ぶっちゃけ俺だけなら海域を抜けてから仮眠を取る形でもなんとかなるけど、それでも何時間もぶっ続けで戦っていれば集中力は切れる。


 全員がなんとか緊張の糸を切らさず戦闘を乗り切るためには、俺が頑張る必要がありそうだ。


「クーン君、今度は右側面をお願いします!」


 拳の衝撃波を自在に飛ばし各所へ援護を行っているヴィクトールさんの言葉に従い、船の中を駆け回りながら必死に転戦を繰り返す。


 海域を越えては休憩し、戦い、仮眠を取って、また戦った。

 海越えがきついと言われている理由も、こうしてやってみる立場になるとよくわかった。


 まず当然ながら、包囲を見失わずに海域を見極めることのできる腕のいい船乗りが必要だ。


 そして船頭、船尾、横腹と複数人に魔物を迎撃できるだけの人員が必要になってくる。

 魔物の襲撃の頻度は相当に高いため、必然的に連戦になる。

 しっかり休憩を取りながらとなると、かなりの人員が必要になるはずだ。


 魔法を使いまくってもガス欠しない俺やいざという時に魔物を皆殺しにできるヴィクトールさん、そして魔力が切れても普通に戦えるアリサのように特殊な人員がいるからなんとかなったけど、普通の人達でこれをやろうとするなら、かなり大規模な船に大量の戦闘員を乗せる必要がある。


 そしてそれだけの船員を大陸間航行ができるほど長い間食っていかせるとなると……不可能とは言わないまでも、かなり厳しいと言わざるを得ないだろう。


 ただ俺とアリサの場合、南下の際に一年近く行ってきた極限状態での扱きによって、キツい環境で過ごすことに慣れることができている。


 魔物の断末魔が聞こえる状態で仮眠を取ることや、呼ばれれば即座に戦闘体勢に移ることくらいなんかも朝飯前にできるし。

 もしかするとヴィクトールさんが俺達を扱いていたのは、この航行を想定していたからなのかもしれない。


 魔力が切れかけることこそなかったが、何度も集中力が切れて危ない場面もあった。

 アリサの方も疲れの残っている状態で魔力が切れた時、そのまま地面にくずおれそうになったりしたことも何度もあった。


 けれどこの一年の頑張りの甲斐あって、俺達は船員の人達も含めて、誰一人欠けることなく戦い続けることができた。

 そして……。


「おぉ……陸が見えたぞっ!」


 ようやく俺達の帰るべき場所――ラーク王国が見えてきた。


 自分の状況を確認してみよう。


 魔物の出てくる海域を抜けてからすぐに仮眠を取ったおかげで、疲れはずいぶんと取れている。

 魔力にはまだまだ余裕があるし、途中からは酔いにも慣れたので気力もほとんど使わず温存できている。


「アリサの方はどう?」


「任せなさい! ここまで来たんだもの……絶対に帰ってみせるわ!」


「うん、そうだね……」


 視界の先に見える陸地を見ていると、なんだかこみあげてくるものがあった。

 一年ぶりに見る王国だ……来たことがない場所なので、懐かしさとかは特に感じないけど、それでも感じるものはある。


 なんにせよ、苦節一年、俺達はとうとうここまでやって来た。

 たとえ追っ手が待ち受けていようが、なんとかしてみせよう。

 今の俺達には――それだけの力があるはずだから。

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