第37話
夜は、自主トレーニングの時間だ。
俺は一人、夜空の下で拳を握っていた。
「――せいっ!」
気力をまとわせた拳を振り抜く。
その瞬間、風魔法を使い己の腕を加速させる。
纏わせていた気力が拳の形をなし、衝撃波になって飛んでいく。
その衝撃波に、更に発動させた無詠唱の風魔法であるウィンドバーストと重ね合わせる。
吹き荒れる暴風とその後押しを受けて飛び出す衝撃波。
バヅンッと音を鳴らして、的である魔物の死骸が内側から爆散した。
これは飛拳と呼ばれている飛ぶ拳打に風魔法を組み合わせた俺のオリジナルの魔法だ。
風魔法を使い飛拳を加速させるこの技を、俺は風翔拳と呼んでいる。
使える武技は飛拳だけでも、使える魔法なら大量にある。
なのでなんとかして飛拳と魔法を組み合わせて色々できないかと、日夜色々なバリエーションを試している。
「やっぱり気力と一番相性がいいのは風魔法ですね」
今日は後ろにヴィクトールさんがおり、やっていることを確認されている。
見られるのは少し恥ずかしくもあるが、俺は魔法のことしかわからないからな。
武人としての観点からアドバイスをもらいたいので、必要な恥なのだ。
見せるは恥だが役に立つ。
「こないだ使った炎拳も見た目的にはインパクトはあるんですが、どうしても威力が微妙なんですよね」
ちなみに色々と試しているが、まともに使えるといっていい武技はこの風翔拳を入れてもまだ三つしかない。
ぶっちゃけた話をすると、気力と魔法を組み合わせるより魔法単体で使った方が威力が出せるんだよね。
かなりの魔力量と才能があって何年も研鑽している魔法と微妙な才能しかない拳術では比べるべくもないのだ、悲しいことにね……。
ただ魔法だけでなんとかできない相手への攻撃手段を持てたのは大きい。
中にはアンチマジックフィールドみたいな魔法を無効化してくる魔物なんてのもいるらしいからね。
「持っている手札が増えて悪いことはありません。きっちり取捨選択する必要はあると思いますが」
風は気力使いにとってかなり応用が利く属性だ。
使えば肉体や斬撃、拳打の加速から回避までなんでもできるからなできる。
風の加減が難しすぎるせいで、戦闘中に加減をミスると骨くらいなら簡単に折れてしまうのが玉に瑕だが。
「こないだ使っていたあれ……爆炎拳でしたか? ああいう覚えてもあまり意味がない手札を増やす意味はないと思いますけどね」
「あ、あはは……」
爆炎拳とはそのまま、拳に炎を纏わせる気力操作と火魔法の複合技だ。
ちなみに殴った相手が爆発したり、炎が噴き出したりするようなことはない。
ただ拳が燃えるという見た目のインパクトがあるだけの欠陥技である。
なぜそんなものを開発したかと言うと……男の浪漫というやつだ。
まったく使えないけれど、爆炎拳はたしかに俺の心に炎を灯してくれた。
作り上げてから冷静になった時は虚しくなったりもしたけど、今ではまたそのかっこよさに惚れ直している。
「そろそろ晩ご飯にしましょう、用意はしてありますので」
「あ、じゃあアリサを呼んできますね」
ヴィクトールさんと俺が土魔法で作った家の中へ入っていく。
最初のうちは洞穴を使うことが多かったけれど、途中からは周囲の視界を遮ることができる場所に俺が土魔法で小屋を建てる形に落ち着いていた。
土魔法の練習にもなるし、何よりしきりを作って個室を作れるからな。
「アリサ、そろそろご飯だよ」
「ん……」
日が暮れてから俺とアリサは別行動を取り、別の特訓をするようにしている。
アリサの方がやっているのは、彼女の付与魔法の練習だ。
付与魔法は使える人間が非常に少なく、あらゆる魔法を使いこなすメルであっても王家が持っている本に記されている基礎的な情報くらいしか知らなかった。
やり方がわからない分、これまでは二人で手探りで試行錯誤をしてきたのだという。
俺達がラカント大陸にやってきてからも、その基本線は踏襲することにした。
付与魔法も魔法な事には変わらないので、最も重要になってくるのがイマジネーションなのは変わらないはずだ。
なので俺は彼女が付与魔法で行き詰まる度に、彼女と一緒に頭を悩ませながら考えた。
例えば水を出す魔道具を作るのなら噴水やダムなどの具体的なものを見せたり、より鮮烈なイメージをさせるために魔力に飽かせて作った巨大魔法を見せたり。
おかげでイメージを付けるための一助にはなれている……と思う。
「……」
アリサは以前と比べると、ものすごく真面目になった。
体力がついたおかげか、集中力も増している。
今の彼女は、俺達がこっちに飛ばされてきた時と比べると見違えるほどに付与魔法の腕を上げていた。
彼女は今では魔具であれば一通りは作れるようになっている。
魔道具と魔具の違いは、簡単に言うとワンオフか量産品かというものだ。
魔具というのは、魔具を作る魔道具なるものを使えば量産が利く。
対して魔道具は、付与魔法の使い手が一つ一つ手作りしなければならない高性能な品だ。
ちなみにアリサは既に、魔道具を作ることもできるようになっている。
おかげで生活が豊かになるようなものも多数揃うようになり、日々の生活は即席の小屋での暮らしとは思えないほどに充実している。
彼女が今作っているのは、以前から挑戦している警戒の魔道具だ。
一定の範囲内に敵が侵入してきた時に、巨大な警報音がなるような仕掛けになっている。
ちなみにこれを作る上では、俺が風魔法で防犯ブザーの音を再現してみたりして協力している。
「むむむ……」
魔道具作りとは、一長一短にできるものではない。付与魔法というのはパッと使ってささっと作れるようなお手軽魔法ではないのだ。
まず始めに素材に自分の魔力を染みこませる必要があるし、スペル・サーキットと呼ばれる魔術回路を組み込んでからそこに魔法式を込めていく必要もある。
細かい理論に関しては門外漢なのでよくわからないが、中学の時に作ったりしていた回路をめちゃくちゃに複雑にしたようなものを作っていると考えるとわかりやすいかもしれない。
ちなみに今はその最終段階で、作り上げた魔術回路の中に圧縮した魔法式を注入しているところだ。
邪魔しないように後ろから見守ることしばし。
作業が一段落したタイミングを見計らい声をかけて、一緒にダイニングに向かう。
どうやら完成までには、まだ時間がかかるようだ。
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