第36話


 俺が人の街に向かって情報を集めていたのは、俺達が帝国の地理にまったく明るくなかったのと、気力の使い手を探すためというのが多かった。


 だが気力に詳しく帝国の地理にも非常に詳しいヴィクトールさんが加わったことで、俺達の懸念事項は大きく改善された。


 ヴィクトールさんの頭の中には帝国のかなり詳細な地図が入っているようで、大岩やめぼしい街道の目印を見れば現在位置がわかるほどだった。


 本人は大したことはないと謙遜していたけれど、もしかすると彼は元は地図が閲覧できるくらいの、かなり立場のある人間だったのかもしれない。


 道中の食材の確保はインベントリアを使えば問題なくでき、また生活用品などもいくつかの街を巡りながら買い足していくことで解決できる。


 なので俺達は人里に下りて生活必需品を買い足したりするのは最低限にしながら、身体強化の扱い方をヴィクトールさんに習っている。


 ヴィクトールさんはなかなかのスパルタだった。

 カ理論派で間違っているところをしっかりと理詰めで指導されるため、大雑把で感覚派だったカムイとはまた違ったタイプのキツさがある。


 俺達はヴィクトールさんの指導の下で、自分達を見つめ直し、鍛えていた。

 身体強化は魔法の場合も気力を使う場合も基本的には同じものらしいので、俺とアリサをまとめて面倒を見てもらっている。


「ほら、身体強化を切らさない! 目標は起きている間は常に身体強化を使い続けることができるようになることですよ」


「「は、はいっ!」」


 俺達は常に身体強化を使い続けるよう心がけている。


 朝目が覚めたら即座に身体強化を使い、そのままアリサと戦う。

 スパーリングを終えたらヴィクトールさんと組み手。

 そんなことをすれば当然へとへとになるが、休みはない。

 戦いを終えたら、そこから先はひたすらランニングだ。


「ほらアリサ君、ペースが落ちていますよ」


「うぅ……はいっ!」


 ヴィクトールさんに従って、ひたすらその後ろをついていく。

 道がわからなければどこで終わるかもわからない俺達は、日が暮れるまでとにかく食らいついていくしかない。


 道中の障害物なんかもあるので、ランニングというよりトライアスロンといった方が近いかもしれない。


 自然を利用して崖を登ったり、川を泳がされたり……とにかく身体を酷使し続けた。


 すると人体というのは不思議なもので、同じメニューを繰り返していると数日もしないうちに身体が慣れてさほどキツさを感じなくなってくる。


 ただヴィクトールさんの観察眼はかなりのもので、俺達がキツくなるラインを絶妙に見極めながら苛めてくるため、まったく気を抜くことはできない。


 そんな日々を過ごしていると、気力をわずかに浪費することすらもったいないと感じるようになっていった。


 気力は肉体を巡るエネルギーだ。

 肉体の一部に留め置くこともできれば、皮膚を通してオーラという形で外に出し、防御力を上げることもできる。


 最適な身体の動かし方、最適な気力の配分の仕方を研究していった結果、より詳細に範囲を指定することで極限まで効率を上げることができるようになった。


 筋肉や血管、神経の一本に至るまで、明確にイメージをしながら気力を使用することによって、強化効率はどんどんと向上していった。

 ちなみにこの知識はアリサとも共有しているため、彼女もめきめきと身体強化の腕を上げている。


 俺の気力は、魔力と比べるとそこまで多くはないらしい。

 普通の人と比べるとかなり多い方ではあるみたいだけど、天稟があるとはいえない程度ということだった。


 ただそれでも現代知識を使った効率の良い身体強化により、通常では考えられないほどの気力の消費で十分な身体強化の強度を得ることができるようになった。


 おかげで自分で言うのもなんだけど、ずいぶんとタフになったと思う。

 今までだと俺の方がバテるのが早かったが、気力による身体強化ができるようになったことで今は純粋な体力勝負をしても、アリサと同じ水準くらいまでいくことができるようになっている。


 ちなみにアリサは剣術の才能があるので今あるものを伸ばす方向で。

 俺は剣術の才能は大してないため、並行して拳術を教えてもらうことにした。


 ヴィクトールさんの流派は猿神流というらしく、めちゃくちゃ強い猿みたいな人が教祖のわりとデカめの流派なのだという。


 めちゃくちゃ強い猿みたいな人ってなんだよとは思うが、実際この流派はわりと万能タイプな技が多い。


 基本的に使うのは気力による拳速の加速や飛ぶ拳撃と呼ばれている遠距離攻撃だが、体捌きや足捌き、歩法や視線の誘導、回避方法など色々と戦闘に使えるものを多く学ぶことができた。


 剣術はどれだけ教えてもらってもできなかったが、拳術はある程度教わればしっかりと技術を身に付けられている。


「純粋な拳術なら、どれくらい強くなれますかね?」


「うーん……半生を費やして拳聖になれるか否かといったところでしょうか」


 どうやら拳術の才能も大してないらしいが、それでも戦闘には有用なので習わせてもらっている。


 今では最初の修行でヴィクトールさんがやっていたように、気力を拳から打ち出して衝撃波を発生させるくらいのことはできるようになった。

 ちなみに気力を使って放つ技を、総称して武技と呼ぶらしい。

 俺が使えるようになった拳を飛ばす武技には、飛拳という大層な名前がつけられている。


 この世界の武術はカンフー映画もびっくりするくらいのスゴ技が沢山あるが、今の俺に使えるのはこれくらいだ。

 ただ奥義だけならいくつも見せてもらったりもしたので、いずれは使えるようになりたいところである。


 魔法と併用すれば再現できそうな技もあったので、最近空いた時間は魔法と気力を併用したなんちゃって奥義作りに費やしてることが多いな。

 とまあ、こんな感じで俺は毎日をわりと有意義に過ごすことができている。


 ヴィクトールさんと一緒に街を出てから、半年ほどの時間が経過していた。

 ちなみに行程としては全体のおよそ半分ほど。

 ここ最近ランニングのペースは上がっており、今では下手な馬車に乗るより走った方がよっぽど速い。

 この調子でいけば、あと半年はかからずに南端の港まで出ることもできるはずだ。

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