第35話



 俺が魔法をバカスカ打ちまくったせいで、道場の中はなかなかひどいことになってしまった。

 畳モドキは完全に焼け焦げてしまっていたため、新しいものに張り替え、建物は土魔法を使ってしっかりと再建し直しておく。

 匠の技で劇的ビフォーアフ○ーを済ませたら、夕食だ。


 宿を使っていると言うと自分の家に来なさいと言われたので、ありがたくお言葉に甘えさせてもらうことにする。


 食事はライ麦とか使ってそうな少し黒めのパンとスープ、それとミントなんかの香草をチーズと一緒に混ぜたサラダだ。

 パンは焼いてから日が経っていて固かったので、スープに浸すとちょうどいい塩梅になった。


 インベントリアから肉を出そうかとも思ったが、やめておいた。

 魔法を使っている時点で今更な気もするが、踏み込んだ話もしていないのに俺の力を見せすぎるのもアレだし。


 食事を済ませてから切り出してきたのは、ヴィクトールさんの方だった。


「実はですね、これは君達に知らせておいた方がいいと思うのですが……ある程度の権力者や実力者を相手にこんな触れ書きが回っています。そこに描かれているのは金髪の少女と黒髪の少年……なんでも両方がまだ年若いにもかかわらず、優れた魔法の使い手であると」


「――っ!」


「アリサ、こらえて」


 立ち上がり今にも飛びかかろうとするアリサをなんとか抑え、話の続きを聞く。

 ヴィクトールさんがこちらを捕らえようとしているなら、わざわざこんな話を俺達にする必要がない。


 想像はしていたけど、やはり手配書は回ってたのか……。

 というかヴィクトールさんが知っているということは、俺の予想に反して彼は未だ中央とのつながりを持っているということになるのか?


 なんにせよ実際にある程度人を動かすことができるということは、アリサを狙っているのはある程度立場のある人間ということになる。

 ヴィクトールさんがしてくれている話は恐らく……俺達が何よりも探していた、値千金の情報だ。


「その依頼内容は少女の捕獲。普通の魔法使いであればありえないほど高額の懸賞金がかけられているのです。依頼主はゴルブル帝国の第二王子であるザンターク、王弟派と呼ばれている派閥の旗頭です」


「ゴルブル帝国、第二王子……」


「ザンターク……」


 俺達をこのラカント大陸に飛ばしてきた黒幕。

 その正体は想像していたよりもはるかに大物だった――。






「第二王子は色々と黒い噂の絶えない人物です。合法非合法問わず己の目的の達成のためならどんなあくどいこともやる男です」


 『ゴルブルの奇跡』と呼ばれた歌姫を強引に手籠めにした。

 『音無しサイレントキリング』の二つ名を持つアサシンを麻薬漬けにして従わせている。

 彼の悪事に関しては、枚挙に暇がないほどに多いらしい。


「恐らく君達も、彼の私欲に巻き込まれて大変なことになっているのでしょう。私も彼とは浅からぬ因縁がありましてね……」


 ヴィクトールさんはそういって、部屋の中央にある囲炉裏をジッと見つめている。

 木炭の淡いオレンジを反射する瞳は、燃えている炎を想起させる。

 何かを見据えている彼の目には、深く暗い色が湛えられていた。


「微力ながら、逃走の手助けをさせてもらいましょう。せっかく取った弟子が早晩殺されてしまうというのは、あまりにも後味が悪い」


 ヴィクトールさんが不安げな顔をしながらも、剣の柄に手をやっているアリサの方を見てから、そのままこちらを見た。

 その真剣な表情を見て、俺は彼のことを信じてみようと思った。


 なにせ相手はこの帝国の王子。

 そんな人物を相手にして俺とアリサだけで逃げ切るのは、恐らく並大抵のことでは難しい。 この大陸の土地勘なんてものがほとんどない俺達だけでは、早晩限界を迎えることになるだろう。


「それなら早速行きましょうか」


 なんでもない様子で、そう口にするヴィクトールさん。

 彼は足下に転がっていた背嚢の紐を手に持ち、にやりと不敵に笑う。


「へ……?」


「出発するなら早い方がいいでしょう。それに触れ書きには二人組とあります。そこに僕が加われば、人の目をかいくぐりやすくなるはずです」


 どうやら俺の新しい師匠は、人を驚かせるのが好きらしい。

 俺達は完全に日が暮れた夜に、ファーレンゲンを後にする。

 こうして俺達のゴルブル帝国での逃避行が、始まったのだった――。

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