第34話
「――いいでしょう、ではこれから気力の修行に入ります」
ヴィクトールさんは声を張ったかと思うと、笑みを消して真顔になった。
細い目が見開かれ、鋭い瞳がこちらを射貫く。
彼は黙ったまま、ゆっくりと目を瞑った。
するとその瞬間、彼から感じるプレッシャーが一段と強くなる。
カムイで慣れていなければ、今すぐに後ろに下がって逃げる体勢を整えていただろう。
ヴィクトールさんはゆっくりと両腕を挙げると、それを胸の前でクロスさせる。
「気力とは原始の頃より人間にあるエネルギーです。故にこれを使えるようにするためには、人体に直接語りかけるのが都合がいい。前者の場合はそれを、己との対話を通じて行います。日々瞑想をして集中力を高め、自然界の中に身を置き感覚を研ぎ澄ましていき、自身に眠る気力を呼び起こす……これに必要な時は、気力を使える者であればおよそ一年から二年ほどと言われています」
彼がわずかに腕を動かす度に、その存在感が増していく。
最初に感じていたのは圧倒的な強者への恐怖だったが、今は別の感情が胸の中を満たしていた。
絶対的な強者へ対する尊崇。
ひょっとすると彼の強さは――俺が想像していたよりも、ずっと上の次元なのかもしれない。
「そして後者の場合、それを強引に他人の気力を使うことで行います。他人の気をその身に受けて己の気と感応させることによって、己のうちに眠るエネルギーを強引に目覚めさせるわけですね」
そして彼はゆっくりと、右の拳を前に突き出した。
音を置き去りにする拳。
拳と腕が通り過ぎた一拍後に風切り音が生まれる。
前髪が拳圧でふわりと上がる。
「僕がかつて師範代だった拳神流では、『気合わせ』と呼ばれていた修練法です。一応気力を伸ばすためにも使えるのですが、いかんせんリスクが高すぎるし乱暴過ぎるので、僕はこれを修練法とは認めたくはないのですが……」
さて、と前置きをしてヴィクトールさんが続ける。
「それじゃあ早速始めましょうか。僕の拳を受け続けるうちに何かを掴めれば、一日と経たずに気力を使うことができるようになるはずですよ。安心してください、手加減はしますから」
そう口にするヴィクトールさんに、俺は小さく頷く。
そしてその音を置き去りにする一撃が――俺の腹を、強かに打ち付けた。
「――がはっ!?」
腹に衝撃を感じたと思った時には、既に身体が草庵の壁に叩きつけられていた。
は、速すぎる……まったく見えなかった。
なんとか立ち上がるが、防御のためにクロスさせた腕は両方とも折れており、その上で腹のあたりの骨も折れていた。
手加減されてこれか……。
「けど……やられた甲斐はあった……ごほっ」
口から血の塊を吐き出しながらも、今の俺は笑っていた。
自分の身に起きたことを、一言で言い表すのは難しい。
ただそれに近い言葉を選ぶとするのなら……そう、世界が変わっていた。
全身から感じる、力強いエネルギーの拍動。
そして毛穴という毛穴から立ち上る、白色のオーラ。
初めて魔力を感じ取ることができた時と同じで、今まで感じ取れなかったことが不思議に思えるほどに自然に、気力が己の身体になじんでいるのを感じることができる。
「まさか一発で成功するとは……これは鍛え甲斐がありそうだ」
俺が変わったのがわかったのか、ヴィクトールさんが目を見開いている。
その様子を見ている限りでは、どうやら俺には気力の才能があるらしい。
全身から活力を感じる。
今にもその辺りを駆け回りたいと、身体がうずうずしているのがわかった。
身体強化の魔法を使うと全能感を感じるというが、その感覚に近いのかもしれない。
気力には痛みを鈍化させる効果でもあるのか、先ほどまで感じていた痛みはいくらか鈍くなっていた。
ただ痛いものは痛いので、回復魔法を使って骨折を癒やしていく。
痛みを感じていると集中力が削がれるので多少の時間はかかったが、十秒もしないうちに治癒を終わらせることができた。
「――なっ!?」
魔法を見たヴィクトールさんが絶句している。
やはり彼をしても、気力と魔力の併用はよほど珍しいらしい。
「素晴らしい……では予定を前倒しにして、修行の第二段階に移りましょう」
そしてヴィクトールさんとの組み打ちが始まった。
俺は剣を使い、ヴィクトールさんは素手。
リーチでは俺に分があるはずなのだが、開いている実力の差の前ではそんなものは些細な違いでしかなかった。
「拳聖クラスの拳であれば、最早距離は関係ありません」
ヴィクトールさんが右ストレートを放つと、それに伴って拳型の衝撃波が発生する。
カムイが使う飛ぶ斬撃の拳版だ。
この世界の前衛は、普通に遠距離攻撃をしてくるから始末に負えない。
俺の攻撃は全て避けるかガードされ、あちらの攻撃は全てがクリティカルヒット。
さっきより手加減されているからか威力は抑えめだが、回復魔法なしではすぐにダウンするであろう威力だ。
ただボコボコにされても、まったく不快ではない。
切れた唇の血を舐め取っている今の俺は、間違いなく笑みを浮かべていることだろう。
今まで身体強化持ちのカムイやアリサを相手にする時に、忸怩たる思いを抱えることは多かった。
腕の動きがもっと早くなれば。
あと二歩遠ざかることができれば。
自分がしたい動きと自分の実際の身体能力との間にあったギャップが埋まっている。
理想型には及ばずとも、俺の身体は今までにないほどに機敏に動いていた。
「シッ!」
ヴィクトールさんが右腕を動かす。
残像を残しながら放たれる三重の拳打。
避けるためにダッキングの要領で前傾姿勢を取ると、それを狙い澄ました衝撃波が顎下を強かに打ち付ける。
浮き上がったところに突き刺さる拳。
血と唾の入り交じった体液が、口から飛び出した。
(これが身体強化の使い手が見ている世界!)
武人の強さの階段に足をかけたことで、その頂の高さがよくわかる。
一朝一夕に埋まるような差ではなさそうだ。
流石に純粋な剣術だけでは到底及びそうにない。
ただ俺は別に、階段を一段一段上らなければいけないわけじゃない。
俺には俺の戦い方がある。
(よし、早速試してみるか……)
俺がなのは接近戦じゃない。
本領を発揮できるのは、むしろその逆、しっかりと距離をとっての魔法戦だ。
まずはファイアボールを打ち込む。
衝撃波でかき消されたが、それも想定内。
その間に距離を取りながら、水壁を展開。
相手の攻撃を防ぎながら、距離を取り続ける。
本気で攻撃をすると道場の中が壊れてしまうので、使う魔法は中級までにしておく。
中級風魔法のウィンドバースト、中級火魔法のフレイムランスを連射する。
相手がこちらに近付こうとする動きを牽制しつつ、土魔法で足場を動かし水魔法で足場を凍結させることでひたすらに相手の移動を阻害する。
連射、連射、連射。連コンを使うFPSプレイヤーのごとくひたすらに魔法を連発し続ける。
相手が繰り出す衝撃波をすべて潰す勢いで魔法を連発し続けながら、距離を取り続けて接近を許さない。
俺は魔力量だけなら自信がある。
これにはヴィクトールさんもかなり攻めあぐねたらしく、数分ほど粘った上で白旗を揚げられた。
「私は拳聖クラスまでに攻撃を制限していたのですが、これを破ろうとするには拳帝の奥義を使わなければなりません。なので今回は、私の負けです」
こうして俺は気力を使った初戦闘を、無事勝利で終えることができるのだった――。
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