第33話
「いやぁ、助かりましたよクーン君。借金取りから逃げ続けるのもいい加減キツくなり始めてしましたからねぇ」
たははと力なく笑うその様子はくたびれた中年そのもの。
やはりどうにもうさんくさい印象は拭えないのだが……この人は間違いなく強い。
出会った時から立ち振る舞いは隙だらけなのだが、どうにも勝てるビジョンが見えないのだ。
カムイを前にした時とは違いプレッシャーを感じたりはしないのだが、間違いなく強者が身に付けている独特の雰囲気を、彼も持っている。
恐らく今この場で俺とアリサが二人がかりでかかっても、一太刀浴びせるのは難しいだろう。
「教えてもらう前に、一つお願いがあるのですが」
「金主の意向は最大限尊重致します、なんでしょうか?」
「金主て……僕らから得られた情報は、誰にも流さないでいただきたい」
「クーン君とアリサさんのことは他言しないと、武神に誓いましょう。訳ありの生徒を受け入れることもありますからね、その辺りの機密保持の重要性はよくわかっています」
借金を減額してもらえるとか言われたらあっさりと靡きそうな気もするが、その辺りは気にしてもしょうがない。
ていうかこの人くらい実力があるなら適当に魔物でも狩れば暮らしていけると思うんだけど、なんでそうしないんだろう。
「さて、それでは始めましょうか……ちなみに言っておきますが、アリサさんはやめておいた方がいいですね。恐らくどれほど学んでも、気力を扱うことはできないでしょう」
「――っ!? そんなことまでわかるんですか?」
「気力とはすなわち人間の根源にある生命力のことを指します。気力を極めれば、他人の肉体の状態なんかも把握できるようになりますからね」
俺は気力のなんたるかをまったく知らないので、基礎の基礎から教えてもらうことにした。
ただ一点気になることがあったので、講義を始めてもらう前に一つ質問をさせてもらう。
「ヴィクトールさん、僕は気力を使えるようになると思いますか?」
「――ええ、問題なく使えるでしょう。どこまで伸びるかは、やってみないとわかりませんがね」
俺の予想は当たっていた。
前世と今世の二つの記憶を持つ俺は、どうやら気力と魔力を同時に扱うことができるらしい――。
俺達は畑の脇にある修練場にやってきた。
やる気になってステップを踏みながらヴィクトールさんの後ろについていく俺の隣には、少し心配げな様子のアリサの姿があった。
修練場の中は、俺が知っている道場にかなり近い。
い草のようなものを使われた畳のようなものまであり、俺としてはなんだか懐かしい気持ちになってくる。
もしかすると気力使いの中に、前世の記憶のある人でもいたのかもしれないな。
「ええと……何から話したものですかね」
ヴィクトールさんいわく、魔力と気力は同じ生命エネルギーでも、似て非なるものらしい。
魔力は魔臓から生み出される元々人間になかったものを扱うことができるようになった新種のエネルギーであり、気力とは元から肉体に宿っている始原のエネルギーなのだと彼は言う。
身体をパソコンとすれば気力は元からついている内蔵HDDで、魔力が外付けHDDのような感じと言えばわかりやすいかもしれない。
「人間は元々魔力を持っていなかったと?」
「その通り。元々、人には魔力を扱う術はありませんでした。ただ大気中にある魔力を吸いこんでいく中で、魔力を貯蔵できる魔臓ができていったようですですね」
人は古来より己の生命エネルギーを利用してきた。
故に気力の方が魔力よりその歴史は古く、技術も体系化されているらしい。
「気力に目覚めるための方法は、大きく分けて二つあります。安全だが開眼までに長い期間がかかる方法と、危険だが短期間で目覚める方法です。私としては前者を強くオススメしますね。あまり脅すつもりはないのですが、僕は後者を選び死んだ人間を何人も見てきましたから……」
俺はあまり一つの場所に長居するつもりはない。
気力を覚えたいというのも本心だが、一番大切なのはヒュドラシア王国へ戻ることだからだ。
気力は最低限使い物になればそれでいい。
後は気力使いとステゴロの喧嘩でもして、実戦で鍛え上げるつもりだ。
俺が選ぶのは、当然後者だ。
「危険な方でお願いします。俺は一刻も早く強くならなくちゃいけないんです」
それを告げるとヴィクトールさんがはぁ……と大きくため息を吐く。
「だと思っていましたよ……若者はすぐ生き急ごうとする。私は命の危険を伴う修行をする際には、必ずこれを聞くことにしています。故にあなたに問いましょう、クーン君。――君はなぜ、強くなりたいのですか?」
強くなりたい理由?
――そんなの、決まっている。
この世界では、死がありふれている。
だから強くなれなければ、何も守れない。
「今はただ、彼女を――アリサを守るために強くなりたいです」
俺がこの世界でようやく見つけた、命にかけても守りたいと思える家族。
彼女を守るためになら、どんなことだってできる覚悟がある。
できればカムイやメル達もしっかりと守りたいが……それはまだまだ先の話だろう。
俺の言葉を聞いたヴィクトールさんは、こくりと頷く。
浮かんでいる柔和な笑みを見れば、自分の答えが間違っていないらしいことはすぐにわかった。
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