第32話



 次の日、起きると俺達が寝入るのを待っていた黒の組織に拘束されたり、薬を飲まされて子供になったり……するようなことはなく、普通に起きた。


「真実はいつも一つ!」


「ちょっと、大きな声出さないでよ……頭にガンガン響くわ……」


 猛烈な二日酔いを回復魔法を使ってしっかりと直してから、情報を集めることにした。


 俺が探すのは、俗世と関わりの薄そうな武人である。

 すると聞き込みをしているうちに、とある人物の話を耳にした。

 なんでもその人は高名な道場を破門されてからというもの俗世から離れ、わずかな弟子達と共に晴耕雨読の生活をしているのだという。


 正しく俺が探していた理想の人材ドンピシャだ。

 俺は早速その人物――ヴィクトールさんの下へと出向くことにした。







「いいですかアリサさん、優れた人物に対しては敬意を持って接しなくてはなりません。礼を失した行いをしてはいけませんよ」


「どうしてそんな急に丁寧なのよ!? ちょっと怖いんだけど!?」


 おしゃべり好きなパン屋のおばさんから教えてもらった場所は、なんとも質素な草庵だった。

 いかにも権力欲と無縁そうなところだ。

 超然とした仙人みたいなおじいさんが住んでそうな光景である。


 とりあえずドアをノックする。

 すると返事はなかった。どうやら留守のようだ。

 辺りを見回してみても、弟子の一人もいない。


 というか晴耕雨読って聞いてたんだけど、草庵の近くにある畑はめっちゃ荒れていた。

 ……ここって最近まで梅雨だったりした?


「残念ながら今日は不在なようですね、また明日再度やってくることにしましょう」


「わ、わかったわ……」


 ちょっぴり不安になりながら、俺は草庵を後にした。


 次の日。

 草庵にやってきた俺は再びノックをする。

 けれど誰かが出てくる気配はない。

 当然ながら畑の方にも人はおらず、それどころか人の気配すら感じられなかった。


「中に入ってみた方がいいんじゃない?」


「これから教えを請う相手に対して、そんな態度ではいけません。慇懃な態度を崩してはならないのです」


 そして更に次の日、草庵訪問三日目。

 再び人の気配を感じられなくなったところで、俺は流石におかしいと思い始めた。


 数人はいるはずの門徒もいないし、もしかするとなんらかの理由で転居でもしたのかもしれない。

 勇気を持ってドアを開き、家の中へと入っていく。

 すると奥にある居間には……。


「残念ながら、今の僕に払うお金はびた一文ありません。ボコボコにされたくなければ、今すぐ出て行ってください」


 居留守を使っているくせに実力行使をちらつかせてくる、情けないおっさんの姿があったのだった――。





 そのおっさんは正しく隠者といった風体だった。

 ボロボロにすり切れているようにしか見えない灰色のローブを羽織り、ひげもぼうぼうと生い茂っている。

 細い目に、雑に右に流した前髪。

 あぐらを掻きながらこちらを見つめるその様子は、なんだかとてもうさんくさい。


 こちらを脅しているというのにその表情はいやに飄々としている。

 俺達程度どうとでもなると思っているのかもしれない。


「失礼ですが、ヴィクトールさんでお間違いないでしょうか?」


「いかにも、私がヴィクトールですが」


「別に僕達はヴィクトールさんに金の無心をしにきたわけではないのですが……」


「……へ? 借金の取り立てではないのですか?」


 ぽかんと口を開くヴィクトールさん。

 借金してんのかよ、この人……。

 なんだか俺の中の師事したいメーターがぐんぐんと下がっていく。


「ねぇ、本当にこの人で大丈夫なの?」


「大丈夫……なはずだ」


 俺の隠者へ抱くイメージがガラガラと音を立てて崩れているが、それでも彼が弟子を持つ一廉の武人であることは間違いないのだから。


「お弟子さん達はいらっしゃらないのですか?」


「金の無心をしたら出ていかれました」


「ねえクーン、別の人にしましょうよ! こんなダメなおっさんから学べるものなんて何もないわ!」


 弟子の姿が見えないからおかしいと思っていたら、まさかの愛想を尽かされていたパターンだった。

 アリサの言うことももっともかもしれない。

 この人はかなりのダメ男だろう。


 この分では強さも、あまり期待は……いや、彼はこのファーレンゲンでもかなり有名な武人なのは間違いないだ。

 それにこの機会を逃せば、俺が気力を学ぶ機会はもう来ないかもしれない。


「俺に気力の扱い方を教えてほしいのですが」


「借金を立て替えてくれるなら、喜んで教えましょう」


 にっこりと良い笑顔をするヴィクトール。

 そのうさんくさい笑みに不安をまた少し募らせながら、俺は彼に弟子入りをするのだった。



 額を聞いてみると、借金の額はおよそ金貨二十枚ほど。

 今の俺からすると、別に支払えないほどの額ではない。

 

 話を聞いてみると、特に深い理由もなくちょろちょろと少額を借りているうちに、気付けば借金がみるみる膨らんでいたらしい。

 聞いてみるとその金利は、ウシジ○君が裸足で逃げ出すほど高かった。

 複利の恐ろしさというやつだ。


 手持ちの金で支払いを済ませると、そのまま草庵へと戻ってくる。

 ちなみに道中アリサは明らかに不満げな様子だったが、俺に一度も文句を口にすることはなかった。

 思うことがあってもすぐに言葉にしなくなったみたいだ。成長したわね、あなた……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る