第29話


 アリサのところへやってくると、彼女は洞穴の中でコップに手をかざしていた。

 その動きはさながらハンドパワーを送るミスターマ○ックのようだが、その顔つきは真剣そのもの。

 なるべく邪魔をしないよう、足音を殺しながら中に入った。


 その後もアリサはコップをジッと見つめながら、手をかざし続ける。

 額には汗を掻いていて、俺が帰ってきたことにも気付いていないほどに集中している。


 恐らくだが、付与魔法を使っている真っ最中なのだろう。

 初めて見るが、傍から眺めていると魔法を使っているようには見えないな。


 それからしばらく経つと、アリサがふうっと息を吐く。

 そこでようやく、俺に気付いた。


「あらクーン、お帰りなさい」


「ああ、ただいま。魔具を作ってたのか?」


「うん、一応完成したわ」


 手渡されたそれに、魔力を流してみる。

 するとコップの中から水が溢れてきた。


 魔力を流すと水の出るコップ……砂漠地帯なんかに行った時には重宝しそうだ。

 十分すごいと思うんだが、アリサはどうも魔具の出来に納得していないらしい。

 彼女からすると、まだまだ改善の余地があるらしい。


 彼女に付与魔法のレクチャーを受けてから、俺は街で集めてきた情報について話をする。


「とりあえず、別の街に向かった方がいいと思うんだ。この髪色を変える魔道具って、もうワンセットあったりする?」


「ううん。母さんが実家から持ってきたやつだから、一つしかないの」


 どうやらかなりの貴重品らしい。

 それなら普段はアリサに使ってもらうことにしよう。


「安心してクーン。しばらくしたら、私がこれよりもっとすごいものを作ってみせるわ!」


 アリサの方は、あの号泣で完全に吹っ切れたらしい。

 付与魔法のことも隠す必要がなくなったおかげか、以前にも増して元気なように思える。

 この調子なら旅も、問題なく進められるだろう。


「明日朝一で一緒に連携の確認をしましょ?」


「たしかに、やっておいた方がいいね。今日は全部俺が戦ったわけだし」


「う、うるさいわね! でもそれに関してはありがと!」


 叱りながら怒られてしまった。

 なんにせよアリサが元気になってくれて何よりですよ。







 次の日、アリサと森で連携の確認をすることにした。


「あっちに魔物がいる。多分オウルベアーの番だね」


「相手にとって不足なしね。いつもの通りでいきましょ!」


 接敵すると、予想通りそこにはオウルベアーの姿があった。

 白い毛皮を持つ、巨大な熊だ。

 強靱な肉体を持っていて、討伐ランクはC。


 アリサが言う通り、実戦相手としては不足なしと言ったところだ。



 彼女が前に駆けると同時、俺は無詠唱魔法を使って二つの炎弾を放つ。

 アリサが前に出るよりも早く着弾。


「「ギャアアアオッッ!!」」


 そしてそこには二体の黒焦げ死体ができあがった。

 ファイアボール発動、相手は死ぬ。


「ちょっと、これじゃあ練習にならないわよ!」


「ごめんごめん」


 俺は元の魔力量が多い分、威力の調節をするのがあまり得意ではない。

 それなら今回は補助に徹することにしよう。


 風で索敵を行い、再びオウルベアーを発見。

 今度は単独行動をしている個体だ。

 口元には赤黒い血痕がついているので、食事を終えたばかりなのかもしれない。


「今度は頼むわよっ!」


 アリサが駆けていく。

 彼女の動きを確認するためにも、今回は後ろから補助に徹することにする。


「グラアアアアッッ!!」


 オウルベアがアリサに飛びかかろうとした瞬間、その足下をわずかに陥没させる。

 飛びかかるために後ろ足に力を込めていたオウルベアはそのままつんのめる。


 そしてその好機を見逃さず、アリサが剣を振った。

 高速で放たれた斬撃が、オウルベアの足の腱を裂いてみせる。

 ぶちりと嫌な音を立てた足はまともに動かなくなり、そうなってしまえば後はアリサの独壇場だった。


「ふふん、こんなものね」


 昨日は全体的に精彩を欠いていたけれど、訓練通りの実力が出せるのなら、アリサは強い。 その後も補助をしたり、時に攻撃魔法で敵を倒したりしながら、問題なく動けるかを確認していく。


 俺もアリサも、明らかに攻撃力が過剰だった。

 別に俺も接近戦はできるし、アリサも魔法は使える。

 明確な弱点もなくバランスの良く戦えることもあり、ここら辺の魔物なら束になってかかってきても苦戦することなく蹴散らすことができた。


 連携の確認がてら戦いを繰り返し十分な食料を確保してから、小休憩を取ることにする。

 その間に、ブリーフィングをすることにした。


「とりあえず街道を通りながら、街には行こうと思ってるんだ。気力操作ができる人から、可能ならコツだけでも教えてもらいたいから」


「クーンがしたいようにすると良いわ、私にできることはある?」


「うーん、別にないかなぁ」


 なんだか昨日から、アリサの態度が妙に優しい。

 今までがツンツンしすぎていたせいで、なんだかギャップがすごい。

 普通に話をしていても、時々笑顔を見せてくれるようになった。

 あまりにも見慣れていないその表情には、思わず胸が高鳴ってしまう。

 こうして普通にしていると、アリサってかわいい子だよな……。


「ん? 私の顔に何かついてる?」


「顔がついてるよ」


「そりゃついてるでしょ、顔なんだから」


 顔という概念について哲学的な思考を巡らせそうになるのをグッと堪えながら、これからの作戦について話し合う。


 これからは街道を使い、南にある街に向かう。

 次の街はさほど遠くないらしいので徒歩で向かい、そこで生活用品をドカッと買い込んでしまいたい。

 あとは今後のことも考えてアリサのギルドカードも作りたいな。


 本当なら街を無視してひたすら南下してもいいんだけど……せっかくラカント大陸まで来たんだから、なんとかして気力操作のコツの一つでも教えてもらいたい。

 アリサに魔道具で上手いこと変装してもらいながら、道場の一つにでも殴り込みをかけたいところだ。


 ただまあ、気力の方はあまり焦らずに行こうと思う。

 どうも南端の海まで行くには、大分距離がありそうだからね。

 こういう時に目的を増やしすぎると失敗するというのは、前世でよく学んでいる。

 一つ一つ着実にやっていこう。

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