第28話


 俺達に今最も必要なのは、間違いなく情報だった。

 何せ今どこにいてどうすれば帰れるのか、まったく見当がついていない状態なのだ。


 幸い言葉は通じるようだけど、俺達を捕まえた警備兵達の話を聞いていた感じ、指名手配されている可能性もありそうな感じがするが、どこに逃げればいいのかもわからないのでお話にならない。


 なので俺はリスクを取って、街の中へ潜入することにした。

 幸い、今回の襲撃者達が狙っているのはアリサだ。

 俺が入る分にはそれだけリスクも少ないだろう。


「クーン、もしよければこれを使って」


 出発しようとする俺にアリサがくれたのは、眼鏡だった。

 かけると見た目を弄ることができる魔道具らしい。

 なるほど……こんなものが生産できるとなれば、文字通り世界が変わるだろう。

 アリサが狙われるのも頷ける話かもしれない。


 今回は情報収集が目的なので、壁を弄るのではなく正門から中に入ることにした。

 ギルドカードを取り出してみせると、衛兵が眉間にしわを寄せる。

 そして俺は驚愕の事実を知ることになる。


「お前……ドーヴァー大陸の方から来たのか?」


「え? ……ええ、武者修行のために来ました」


「なるほど……向こうのギルドカードはこっちじゃ使えないぞ。普通に入場料を払ってから、ギルドで作り直すように」


「りょ、了解しました……」


 どうやらここは――俺達が暮らしていたドーヴァー大陸ではなく。

 以前カムイから話だけは聞いていた、ラカント大陸らしい……。





 俺達が飛ばされたこの場所は、ラカント大陸のうちの巨大国家であるヴェルシンド帝国は北部にあるバークレーという街らしい。


 ラカント大陸はドーヴァー大陸の北にある。

 そして両者の間には海があるため、大陸間の移動は船で行う必要がある。


 ちなみにドーヴァーでは北海と呼んでいたが、ラカントからすると南にある海なので南海と呼ぶらしい。ちょっとややこしいな。


 とにかく、俺達が領都ベグラティアに帰るためにはとにかく南へ進んでいき、最終的には北海を行き来する船とわたりをつけなければならない。

 どれくらいかかるかは見当もつかないが、かなり長い旅路になるのは間違いなさそうだ。


 幸いなことに、街の衛兵や冒険者達の様子を確認したが、アリサを探しているような様子は見受けられなかった。


 どうやらアリサの情報は一部の人間だけが握っているもののようで、街を大手を振って歩けないような状況ではないようだ。

 もしかするとあの倉庫の前にいた男達も警備兵じゃなくて、マフィアの構成員とかだったのかもしれない。


 この様子なら、姿を変える魔道具を使えば、アリサも問題なく街に入ることができそうだ。


 偽名や設定なんかをしっかり考えて、上手いことやらなくちゃいけない必要はあるだろうけど。



 まずはギルドカードを作ろうとギルドへ向かうことにした。

 歩いているとわかるが、ラカント大陸では男も女もドーヴァー大陸と比べるといくらか大柄な人達が多い。


 前世で留学に行った時には海の向こうの人達のガタイが良すぎて自分が小人にでもなった気がしたけれど、正にあんな感じだ。


 俺もアリサも海の向こうでの標準サイズなので、こっちではかなり小さいだろう。

 このサイズの違いは、一体どこにあるんだろう。

 こっちの方が肉食が盛んだったりするのかな……。


 なんて考えているとギルドについた。

 ドアを開くと、いきなり目の前にいる男達がガンを飛ばし合っている。

 禿頭の男と顔に顔に大きな傷跡の残っている男だ。


「おいてめぇ、舐めてんのか?」


「おおいいぜ、買ってやるよその喧嘩」


 二人は俺が入って来たのにも気付かずに、いきなり殴り合いの喧嘩を始めた。

 基本的にギルド内の喧嘩は御法度だ。

 今にも警備の人間が飛んでくると思ったが……周りの冒険者達の喧噪が大きくなっても、一向に誰かが来る気配がない。


 どうやらここの冒険者ギルドは、俺が見てきたところと比べると色々とおおらかなようだ。


 ただ一応最低限のルールくらいはあるらしく、二人は得物は使わずに殴り合いに徹していた。


 その速度はかなり速い。

 目で追えないほどではないが、前衛のCランク冒険者クラスの力はありそうだ。


「おおおおおおおっっ!!」


「があああああっっ!!」


 男と男の殴り合いだ。

 ジッと見つめるが、魔法が発動されている様子はない。

 だがその速度は明らかに純粋な身体能力で出せるそれを超えていた。


 ということは……もしかしなくても、これが気力だろう。


 カムイが言っていた。

 ラカント大陸の人間はそもそも魔力を持たないが、彼らには己の肉体を賦活し強化する気力の扱いに長けていると。


 身体強化の魔法の才能がない俺が、大陸を越えてラカントへ渡ってでもほしいと思っていた気力操作。

 喉から手が出るほどほしかったそれを、俺は今目の前で見ることができている。


 はやし立てる周りに負けぬほどに食い入りながら戦闘を観察していると、喧嘩はバトルド○ムばりに『超、エキサイティング!』していく。

 禿げ頭をゴールにシュウウウウウウウウウッしたことで勝負が決着し、見事傷顔が勝利した。


 わあああああっっと湧き出すオーディエンス。

 傷顔がニカッと笑うと声は一層大きくなる。


 今の戦闘を反芻してから、騒いでいる男達の脇を抜けていく。


(気力を使う方法……なんとしてでも知りたいところだ)


 通常、気力と魔力はどちらかしか使うことができない。

 その理由は魂という器が、一つの力を身に付けるだけで満たされてしまうからだ、とカムイは言っていた。


 その話を聞いて、一つ思った……というかもしかしたらと考えていたことがある。


 もしかするとクーン・フォン・ベルゼアートと神宮寺悠斗という二つの魂を持っている俺って……気力と魔力をどちらも使うことができるんじゃないか?


 もちろん、そんなことはないのかもしれない。

 ただせっかくラカントに来たのだから、気力操作が使えるかどうかくらいは試してみたいところだ。

 俺は冒険者登録を済ませ、ついでに情報収集をしてからアリサの下へと戻るのだった。

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