第26話


「私と母さんが二人きりで魔法の練習をしてるの、気になったことあるでしょ?」


「それは……まあ」


 アリサは以前から、よくメルと二人きりで魔法の特訓をしている時間があった。

 何か俺を打倒するための秘策を練っているとばかり思っていたんだが、どうもそんな気配もない。

 何をしていたか、気になってはいたのだ。


「あれはね……実際に見た方が早いかしら」


 そう言うとアリサは、自分のアイテムボックスからとあるアイテムを取り出した。

 そこに合ったのは、一本のガラスの棒だ。

 何の変哲もない透明な突っ張り棒のように見える。


「エンチャント」


 アリサの全身が光り、その光が手のひらの先に収束されていく。

 そして光が収まったそれを、彼女は差し出してきた。


 言われるがまま、魔力を流し込んでみる。

 すると棒の先端から、炎が飛び出した。

 その勢いはさほど強くはない。

 けれどそれは間違いなく、魔法の炎だった。


「これは……魔道具?」


「厳密に言うと魔具ね。今の私には、まだ魔道具は作れないから」


 魔法的な効果を発揮するもの全てを魔道具というらしいが、厳密に言うとそうではないらしい。

 こういった基本的な魔法の延長線上のような効果を発揮させる低級のもののことを、魔道具と区別して魔具と呼ぶらしい。


 俺が一瞬でヒートさせぶっ壊したことが記憶に新しい測定球は、分類としては魔具になるらしい。


「作るって……」


 魔道具を作ることのできる付与魔法は、生まれによって使えるか否かが決まる血統魔法。

 そして付与魔法は、隣国であるヒュドラシア王国の王族からしか発現していない。

 つまりそこから導き出される答えは――。


「アリサって……お姫様だったの?」


「――お姫様だったのは私じゃなくて、母さんだけどね。母さんは父さんと駆け落ちして、ヒュドラシア王国を出奔したのよ」


 そこはかとないラブロマンスの香りがする。

 王族が名前を捨てて国を出るって、多分並大抵のことじゃないだろうし。

 あの二人は、全てを捨ててでも一緒になろうとしたのか。

 なんていうか……すごいな。


 ただ、メルは王位継承権はかなり低い、妾の子だったらしい。

 王族の傍系の妾の子ということで引いている血はかなり薄く、魔力量こそ多いものの血統魔法を受け継ぐこともなかった。

 なのでその出奔手続きも、さほど面倒ではなかったらしい。


 恐らく隣国の人達にとっても、そしてメル達にとっても、子供であるアリサが付与魔法を使えるようになるとは想像していなかったのだろう。


「私が付与魔法を使えるって知ってる人間は、多くないわ。父さんと母さん以外には、片手で数えられるくらいしかいないの。何せ一緒に暮らしてるクーンにも内緒にしているくらいだもの」


 もしアリサが血統魔法を持っているという事情を共有してしまえば、俺は間違いなく隣国のゴタゴタに巻き込まれることになる。

 そうなるのを俺が嫌うだろうとわかっていたからこそ、皆でアリサのことは内緒にしていたのだという。


「……」


「父さん達も、申し訳ないって言ってた。隠し事をするのは嫌だから、私も嫌だったもの」


 別に自分がハブられていたわけでないと知り、安心している自分がいた。

 どうやら俺は自分で考えていたよりもずっと、皆のことを大切に思っていたらしい。


 俺のことを考えてくれているからのようだけど……正直言って水くさい。

 別に言ってくれたって、何も問題なんかなかったのに。

 嬉しいけれど悔しくもあり、顔が百面相をしてしまいそうだ。


「ごめん……なさい」


 今回俺達が攫われたのは、恐らくはヒュドラシアの血統を狙ってのものということ。

 そして犯人がどこの勢力なのかはわからないが、ヒュドラシアの息がかかっていること。


 巻き込まないようにしていた俺がこうして渦中にいることに対して、彼女はごめんと謝っているのだろう。


 近付いていくと、アリサがビクッと肩を震わせる。

 顔を上げる彼女の瞳は、叱られるのを待つ子供のように潤んでいた。

 手を伸ばし、そのまま彼女の頭を撫でてやる。


「謝る必要なんか、ないさ。アリサも、カムイ達も……何も悪くないじゃないか」


 アリサ達はただ静かに暮らそうとしていただけだ。

 それをぶち壊してきたのは、外の人間だ。

 アリサ達の方に、瑕疵は欠片もない。


 そのまま指先を髪に絡め、手ぐしの要領で空いていく。

 初めて触れる彼女の髪は、その心根を示しているかのようにやわらかかった。


「う……うええええええええんっっ!!」


「……もう、しょうがないな」


 堰を切るように泣き出すアリサを、優しく抱きしめてやる。

 良心の呵責に耐えきれなくなり、いきなり襲われたかと思えばカムイ達とは離ればなれになってしまい、事情を話しながら色々と限界になってしまったんだろう。


 風魔法を使って音を散らしながら、頭を撫でる。

 すると彼女の慟哭の勢いは、ますます増していった。


 服がアリサの涙と鼻水でぐしょぐしょになるが、仕方ない。

 クーンダムには、アリサ大洪水を受け止める義務がある。


 困った時には頼ってくれよ。

 そのための……家族だろ。


「とりあえず、こうなったからには一蓮托生だ。俺達でなんとしてでも帰ろう。カムイの……父さん達のところへ」


「――う、うんっ!」


 気付けば言葉が、するすると自然に出てきていた。

 胸の奥に何かがストンと収まるような感覚。

 心の中がぽかぽかと温かい何かで満たされるような、不思議な感じだ。


『家族は絶対に守らなくちゃあいかん。大切な人を見つけたら、その人と家族になって、一生をかけて守る。それが男の本懐ってもんだ』


 ――じいちゃん、俺、見つけたよ。

 一生をかけてでも守りたいと思える……大切な家族を。

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