ナンパ男からお嬢様を守ったら偽装彼氏を依頼された。

@oden-konnyaku

プロローグ 

 とあるカフェにて。

 SNS映えや女子ウケを狙ったのがありありと判る店内の窓際の席に二人の男女。

 側から見ればいかにもデート中、といった感じだが、


「では、これで契約成立ですね、浅村あさむらさん」

「ええ、きっちり働かせて頂きますよ、東雲しののめさん」


 何やらちょっと違うようである。


『雇用契約書

 使用者 東雲和佳奈 (以下、「甲」とする)と労働者 浅村朔太郎 (以下「乙」とする)は以下の条件に基づき雇用契約を締結する。

 

 従事する業務内容:甲の恋人役

 雇用期間:令和◇年 6 月 1 日〜令和(◇+1)年 5 月 31 日

 就業場所:場所の取り決めなし

      *その都度、甲と乙が協議の末、決定。

 就業日:毎週土曜日(*都合により変更可) 原則7時間制

 休憩時間:休憩の取り決めなし

 休日:就業日以外

 賃金:2万円/日 

    *就業時間が7時間を超える都度3500円/時間

 支払日:日払い

 退職:1.自己都合退職の手続き(退職する7日前までに届出)

    2.解雇の事由 懲戒、処分等就業規則に定める手続きを行う

    *詳細は別途就業規則による

 

 以下の合意を証するため本契約書を2通作成し、甲乙の両当事者記名捺印の上、各1通を保管する。


 令和◇年 6 月 1 日

 (甲) 名称   東雲和佳奈

    事業主氏名 東雲和佳奈    印

 (乙) 氏名   浅村朔太郎    印 』


 ——事業主氏名、東雲和佳奈わかなはいいが、"株式会社東雲和佳奈"か何かか……?(乙)のように氏名だけで良かったんじゃ……。


 朔太郎さくたろうは小さなことに引っ掛かるが、そんなことはおくびにも出さずに鞄に仕舞う。なんせ、大切なの機嫌を損ねる訳にはいかない。


「そう言えば、どうなったら俺は懲戒処分を喰らっちまうんですか?」


 これは朔太郎の中で"小さなこと"には入らなかったようだ。

 その証拠に、まるで設定賃金が最低賃金を下回っていたような顔をしている。


「ふぇえ?

 ああ、あ! 就業規則なんて設けていません!

 家にあった雇用契約書を拝借してきたので……」

「ああ、やっぱりそうですか」


 そして、アタフタする和佳奈を前にそんなことを言ってしまう。


「判ってたなら訊かないでください!」

「だって、ほら。ここ、うすーく東雲ぐる……」

「解説しろなんて言ってません!」


——美人って怒っても美人って本当なんだな。もっとも本格的に怒らす前にやめないとダメだが……。


「そう言えば、」

「何ですか?また重箱の隅を突きますか?」

「まだ、何も言ってませんよ。

 今日から、偽造彼氏? のシフト? が入ってるみたいですけど、これから後6時間ちょっとどうするんですか?」


 偽造、ってせめて偽装にして下さい! と怒った後、やっぱり怒っているように見えない、美人って得だな……とかほざいている朔太郎に向かって言った。


「デートプランというのは殿方が考えて、エスコートしてくれるもの、と存じていますが」

「じゃぁ俺はその"殿方"とやらには含まれないようですね……ハハ……」

「浅村くん」

「はい」

「5点減点です」

「その点数って溜まるとどうなります?」

「えっと、……100点貯まるとその後の賃金が2割カットになります……?」

「でも、さっき就業規則はないって」

「え? そんなこと誰が言いました?」

「東雲さん」

「はい」

「ひどくはないですか?」

「そんな今にも泣きそうな顔をされても……冗談ですよ……」


 ハハ、そうですよねそうですよね、よかった、ハハ…… そんな調子の朔太郎を和佳奈は憐れみの目で見る。


「じゃぁ、浅村くん、今日のデートプランを考えてください。ほら、今就業時間内ですよ」

「結局考えんとあかんのか!」

「ふふ、そんなことだろうと思って、今日は私が考えてきました……

 ほら、どうですか! 私が三日三晩寝ずして考えに考えたプランは!」


 なら、最初から出してくれよ……そう思って、出された分厚いコピー用紙の束を見た朔太郎は思わず言葉を失った。


 例えば、エントリーナンバー1水族館。

 大水槽に使われているガラスの材質は何々で照明の当て方で奥行きを持たせているなり、イルカショーで座席ごとに浴びるであろう平均水量から飼われているイルカの生態まで。何なら値段まで書いてやがる。

 ってか、イルカって飼えんのか?いや、国連的な意味で……。

 つまり、デートプランというよりかは水族館の計画書のプレゼン資料を見さされているような感じ。


「えーっと、なかなかに活気的なプランですね……」

「そうでしょ、そうでしょ。で、で、今日はどうします!?」


 朔太郎をそんな風に見る和佳奈はお嬢様という感じではなかった。


「折角カフェにいるんだから、ここで軽食を食べてから、ブラブラ歩いて水族館まで行くっていうのはどうですか……ね……」

「いいですね!それでいきましょう」


 そう言って勢いよく立ち上がって出て行こうとする和佳奈を朔太郎が慌てて止める。


「ここで軽食は食べないんですか?」

「ああ、そうでした……」

「結構抜けたとこもあるんですね……」

「む、浅村くん、マイナス5点です」

「え、その免許の違反点みたいな制度、なくなったんじゃ!?」

「たった今、復活しました」


 上品に笑いながらそう言う和佳奈と、嘆く朔太郎。


 側から見れば痴話喧嘩するカップルにしか見えない二人だが、実のところは雇い主と労働者。偽彼氏と偽彼女である。

 これはそんな彼らの物語である。

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