日本語がわからない銀髪美少女を助けて以来、異文化交流を図るようになりました(ただし、距離感はすごく近いものとする)

ゆずみかん

STEP1 異文化交流

1 プロローグ


 ――うちの高校には、たいそう人目を惹く女子生徒がいる。


 彼女の名前は、スヴェトラーナ・パーヴロヴナ・トルスタヤさん。名前から察してもらえると思うけど、日本人じゃない。

 ロシアで生まれて、中学卒業までロシアで育ち。父親も母親もロシア人という、生粋のロシアンレディ(?)というやつだ。

 その出生からインパクトのある彼女は、容姿もまた浮世離れをしていた。

 日本人には出せないであろう透明感のある色白の肌。背中まで伸びる髪は銀色で、光に当たるとキラキラ光り輝く。

 ダイヤモンドダスト現象を素で起こせるような人間だとか誰かが言ってたな。


 そんな彼女は日本人、いや誰であろうと見惚れてしまうほどに、美人さんでもあった。

 深い海を思わせるような青い瞳、少し高さのある鼻梁、肌の色を引き立てるようなピンクの唇。

 それらが小さな顔にバランスよく収まり、息をのむほどの美貌として成り立っていたのだ。

 美しすぎる容姿に加えてしゃんと伸びた背筋、手足は細く長く、挙動のひとつひとつがまるでモデルのように華があり。

 さらに出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるという、男たちが鼻の下を伸ばしてしまいたくなる抜群のスタイル。

 それでいて寡黙というミステリアスさを引き立てるような要素も相まってときたものだ。

 そんなの、人気を集めないはずもない。モテないという選択肢ははなからないようなもの。


 「今日もやってるなー……」


 チラと窓の外を見やれば、彼女が男子生徒に迫られている様子が確認できる。

 男子生徒が顔を真っ赤にしながらまくし立て、手を差し出すという一連の流れはきっと、告白シーンだ。

 そんな彼に彼女はというと、手に持っていた紙を差し出してみせる。

 瞬間、その場にくずおれる男子生徒。どうやらフラれたらしい。


 四月の中旬ともなるというのに、未だ毎日のように見かける光景。がっくりと肩を落として去っていく男子生徒の背中が寂しい。

 なんというかもう、一種の風物詩といってもいいのかもな。


 窓越しにそんなことを僕――綿谷わたや紬季つむぎがひしひしと感じながらしばらく。

 教室に続くドアが開け放たれた。クラスメイトたちがそっちに視線を向けた瞬間、息をのんだ様子が伝わってくる。

 僕も同じように目を向けて、つい頬が緩んでしまった。


 なんせそこにいたのは、先ほどまで告白を受けていたスヴェトラーナ・パーヴロヴナ・トルスタヤさんその人であったから。

 みんなが彼女の一挙手一投足に意識を注ぐなか、特に気にした風もなく歩を進めた彼女はというと、――僕の隣で足を止めた。

 浮世離れしたその美貌に飲まれかけた僕に対し、彼女は銀色の髪をなびかせながら、軽く手をあげてみせる。


 「(おはよう、ツムギ)」

 「(あ、うん……おはようスヴェトラーナさん)」 

 「(――スヴェータ)」

 「(え?)」

 「(愛称で呼んでくれなきゃ、やだ。さんもいらないわ)」

 「(ごめん、スヴェータ)」

 

 申し訳なさそうに頭を下げれば、彼女は柔和な笑みを浮かべてみせた。おそらく学校に通うほとんどの生徒たちが拝めたことのない表情。

 それがいま、余すことなく僕に向けられている。顔が熱くなってきた。


 窓を開けようかどうか迷っていると、スヴェータが二の句を継いでくる。


 「(ツムギが用意してくれたこれ、とっても便利ね。すごく助かってるわ)」


 ワクワクした様子の彼女は手に持っていた紙を掲げてみせた。さっきの男子生徒にも差し出していたその紙には「ごめんなさい」と綺麗な字で書かれてある。

 いやその、それをこっちに向けないで欲しいんだけど。僕の胃に穴が開いちゃうから。


 「(役立ってるならよかったよ)」

 「(えぇ、とっても役に立ってる。ツムギに助けてもらうのは……あのとき以来ね)」


 故郷を偲ぶかのように、遠くを見つめるスヴェータ。紙を握る手には力が入り、しわになってしまっている。

 僕も彼女に倣って思い返す。あの日の出来事を。


 ――なぜ彼女が僕に対してこんなにも距離が近いのか。

 ――なぜ告白を断るのにわざわざ紙なんかを使うのか。


 それもこれも彼女にとって、やむにやまれぬ事情があったのだ。

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