第2話

【彼女の話】


 いつからこうなってしまったのだろう。私は何か間違えたのだろうか。人生の不公平をきっと誰よりも恨んでいる。こんな世界はうんざりだ。毎日地を這うように生きている心地がする。神も仏もあったものではない。


「進路についてはどう思う?」



 私の知ったことか。勉強はできないし奨学金は返せるわけがない。そもそも学校に行く時間すら金にならないのだから無駄だ。



「大学名ででなくてもいいわ、何か目標はないの。」



 聞かれて堂々と答えられるような目標はない。健全で真っ当で人に話せるようなもの。この年頃の子が持っているはずの素晴らしい人生計画。私にはない。



「…さん、石崎さん、石崎唯さん聞いていますか。」



「…っすみません。集中していませんでした。」



 ただぼんやり話を聞いているよりもよっぽど有意義なことを考えていたとは思う。確かにこの場から意識が離れていたが。

 外から色あせた風が入ってきて静寂に輪をかける。とても気まずい。私がこんなにもひねくれていなければ10分で終わったはずの面談の長さが能力の指標のようで嫌いだ。



「別に正しい道を選べとは言いません。ただ漠然と時に流されるのは辞めなさい。以上です。」

「…ありがとうございました。」



 同じようなことを何回も言っているであろう口調の人影から逃げるように目をそらした。私は何にも興味はない。ただ自分を見下すのだけは得意だ。



 今日は散々だ。いつもの友人間で私だけが入っていないLINEを見つけてしまった。別にのぞき見したわけじゃない。聞こえてしまっただけだ。



「いつもの4人でカラオケ行こうよ。」



なんて、私は「5人組」だと思っていたのに。彼女たちが置いて行ったスマホには見たことのないアイコンとグループが確かに存在した。この前の誘いを小遣いの都合で断ってしまったからだろうか。



「へぇ、カラオケか、誘われてもないな。」



 相手にとってはその程度の人間だったということだ。こちらから見限ってやることにしよう。

 別に1人は嫌いじゃないし。

 早く帰って爪のケアとスキンケア、馬鹿にされないために出来る限りのことをやらなければならない。朝から必死で巻いた髪はもう癖毛に戻ってしまっている。

いつも通りだ。せめて金さえあれば。


 金がないことがなによりの悩みなのに自称進は働くことを禁止する。生徒を幸せな道に進ませることを目的にするなら出来て当然のことがうちの学校にはない。面談も無駄だ。どうせ何も変わらない。


 1人で駅に向かう商店街を歩く。シャッターに埃がつき、長い間、時間の外にあるような場所。

 ここを歩くたびに、味のないチューインガムを食べている感覚に襲われる。香料が消えても、同じ噛み応えを維持するその味わいは、しぶとくて見苦しい。店の看板には取り残された画鋲が錆びたまま残っている。チューインガムを吐き出す先はない。

 こんなところではナンパにもあわない。なのに。



「お嬢さん、お暇かな。」



そんな声が聞こえた。私の目の前には黒髪の魔女が立っていた。

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