情けこそがアウトリーチ

すどう零

第1話 私だけの天使との出会い

 私は都会の駅前マンションに住んでいる、二十代後半の平凡なOLである。

 中小企業に勤め、決して高給取りではない。

 

 私の心の癒しは、隣の部屋に住んでいる可愛いらしい五歳の女児を見かけるたびに、なぜか母性愛を感じるのだった。

 ピンポーンというチャイムの音で、部屋の内側からのぞき穴に目をこらした。

 すると、そこには十歳と五歳くらいの女児二人が、並んで立っていた。


 十歳の女児ー礼香は、少々舌足らずの無邪気な言葉で「電話貸して」と言った。

 私は、有無を言わずOKした。

 礼香と真由が部屋に入ってきたとき、天使の光を感じた。

 礼香はおとなしい顔立ちであったが、真由は目のクリクリとしたはっきりとした顔立ちの無邪気さを漂わせていた。

 

 どうやら夜、繁華街の高級ラウンジの雇われママをしている実母に、電話をかけてるようである。

 何も言わずに立ち去ろうとした礼香ちゃんに対し「ありがとう」とお礼を催促した私に対し「ありがとう」と素直に応じた礼香ちゃんに、私は抱き人形のような可愛らしさを感じた。


 長女である礼香ちゃんは、当時小学校三年生であり、次女は当時五歳の真由ちゃんだったが、真由ちゃんは幼稚園にも通っていなかった。

 廊下でシャボン玉を吹かしたりしていた。

 この姉妹は、夜になると母親がいない淋しさから、駐車場をうろうろし、管理人の女性から叱責を受けていた。

 ラウンジの雇われママだった女性は、夜中の二時頃に帰宅するのであるが、帰宅するなり「管理人さんに、文句言われないようにして」という声が壁越しに聞こえてくるのであった。


 ある日、私は「お姉ちゃん」と甘えてくる礼香と真由を部屋に入れた。

 私の幼稚園には通っていないのという問いに対し、

「あのな、礼香が四年になったら、真由は一年なの」

 たどたどしそうに話す礼香と真由は、私のデスクの両脇に座り、私の持ち物を触った。

 文具品からキャラクター商品、おもちゃに至るまで、珍しそうに手を取り、見とれていた。

 そのとき、私の胸に刺激が走った。

 急に妹の真由が、エチケットブラシで私の胸を触ったのだった。

 男性に触られるのとは違う、甘い母性愛のような感覚が私の胸を刺激した。

 その頃から、私はこの二人姉妹の面倒を見てやろう、できたら私の今までの人生のすべてを賭けて、この子らに人生体験を教えようと決心した。

 まるで、私がこの二人姉妹のセカンドママになった気分だった。

 

 私はふと、そうだ、この二人にパソコンを教えようとした。

 まず、名前を打鍵させようとした。

 私は真由の指の上から、ひらがなで名前を打鍵した。

 そうだ、漢字で名前を書けるようにしてやろう。

 私は、姉の礼香に「真由ちゃんの漢字、教えて」と言うと、早速部屋に戻り、本名を書いた眼科の薬袋を私に見せた。

 真由ちゃんは、目が大きいから結膜炎にでもなったのだろうか?


 私は真由ちゃんに胸を触られて以来、女同士の絆のようなものを感じていた。

 すがるような上目遣いに、じっと私を見つめる真由ちゃん。

 私は真由ちゃんの母親になった気分だった。


 私は漢字で、真由ちゃんの名前を打鍵した。

 真由ちゃんは、なかなか覚えられず

「お姉ちゃん、来てえ」と私にすがりついてくるのだった。

 私がベランダに行くと、駆け込んできて私を呼ぶ。

 私は真由ちゃんに頼りにされている。

 私はそのことに、力強い喜びを感じた。

 

 夜八時になったので、私は礼香と真由姉妹に、隣の部屋に帰宅するように言った。

 姉妹は、おとなしく帰っていった。


 翌日、帰宅すると母曰く、なんと真由が二度も私を訪れていたという。

 一度目は午前中、二回目は午後に訪れ

「お姉ちゃんは、夜は働きにいかないの?」

と尋ねたらしい。

 母は、思わず苦笑しながら

「お姉ちゃんは、昼間に働いているから、夜は働きにいく必要がないの」

と答えると、真由はまんまる目をより一層大きくして、隣の部屋に戻ったという。


 翌日の夕方、真由が私の部屋を訪れた。

 たどたどしい口調で、昨日のパソコンを説明し始めた。

「あのう、トントンと名前が打てるものがあるよね」

 無邪気な表情で、私にすがるような目で説明しはじめた。

 真由は私を第二の母親だと思ったのかもしれない。

 私は真由を一人娘のように、守ってやらなければと決心した。

 

 しかし、そんな平和なエピソードは、束の間の幸せでしかなかった。

 姉妹は、徐々にマンションの駐車場をうろつき、女性管理人に注意を受けるようになっていった。

 姉妹の母親は、私より少し年上の色気のある魅力的な女性だった。

 夕方五時になると、黄緑色の派手なスーツを身にまとって、繁華街のラウンジに出かけていく。


 やはり高級ラウンジの雇われママという貫禄と、ホワリとするような魅力を感じさせた。

 その魅力は、姉妹を思う愛情から生じているに違いないと、私は確信した。

 普段の服装は、綿のTシャツに綿パンといった軽装であるが、それが姉妹の母親の素朴な匂いを感じさせる。


 母親は、夜中の二時に帰ってくるや否や、

「管理人に文句言われないようにして」と怒鳴る声、そして姉妹の泣きだす声が毎晩、目覚まし時計のごとく、聞こえてくる。

 幸い管理人さんは、女性だったので、理解がある方だったのだろう。

 この姉妹を庇っているように見えた。


 一度、姉の礼香が行方不明になったらしいという電話が、妹の真由から母親の職場であるラウンジにかかってきた。

 母親は「礼香、礼香」と心配そうに叫びながら、帰宅してきた。

 礼香の姿を見るたびに、安堵と怒りの入り混じった声で

「もう、心配するじゃないの。こんなのだったら、お母さんはもう店に来なくていいと言われるよ」

 駅前のマンションの隣り合わせに伝わってくる、母子の愛情と薄氷を踏むような危うギリギリともいえる母子生活。

 出産経験のない私の胸は、甘くもなり、痛くもなった。

 あの母子家庭は、これからどうなるのだろうか?

 私の父などはなんと「よく子供を捨てないな」

 母は「あの人はあっぱれ、表彰物よ」

 ところが、生れながらの資産家の女性に言わせると

「なんのために生きてるんだろうね」

 母にその話をすると、あまりの非常識さに呆れるのを通り越して、怒っていた。

 まったく、女性のいや母親のいたみをわかろうともしない、金満家であることには間違いがない。

 それから半年後、私達家族は引っ越しすることになった。

 私は姉妹の手を握りながら、さようなら、元気でねと言った。


 翌年、次女真由の入学した小学校-私の母校でもあるーに行った。

 真由は、二階の校舎の窓から無邪気に手を振ってくれた。

 まったく、人懐っこい天使であることには変わりがない。

 私は、思わず真由の教室にまで行くと、真由は教室の後ろの壁に貼っている、真由の書いた原稿を指さした。子供らしくたどたどしい平仮名で、

「目標

 一、お姉ちゃんと仲良くできますように。 二、お母さんが怒りませんように」とたどたどしい自筆で書いてあった。  


 それから十年たった頃、私は風の噂で、姉妹の行方が伝わってきた。

 姉の礼香は、高校中退して、茶髪地元の回転ずし屋でアルバイトしていた時期もあったが、のちに九州に嫁いだらしい。

 妹の真由は、高校中退し、シングルマザーになったと聞いた。

 真由の息子は、真由より二十歳年下であったが、母親が面倒をみていて、現在は地元の小学校に通っているらしい。

 孫の面倒までみるとは、まったく偉大としか言いようのないビッグママである。

 ハッピーエンドというところまではいかないが、まっとうな人生を確立していることは確かである。

 私はひとまず安心した。


 それから、私の人生は相変らず結婚もせず、仕事と親の介護に明け暮れていた。

 世にはシングルマザーが増加の一途を辿っているが、私にはシングルマザーになる自信など到底なかった。

 2.5組に一人の夫婦が離婚し、それが増加していっている。

 結婚に憧れや希望など、抱かなくなっていた。で


 チェーン展開をしている有名飲食店でバイトしているとき、妙な少女ー友美と出会った

 当時、高校を中退したばかりの十八歳で、あまり仕事のできない女性であった。

 皿洗いは間に合わず、ホール廻りをさせても客から苦情がでていた。

 餃子焼きにまわったが、注文をまともにとることもできず、時間がかかるので、はたまた客から苦情がでる一方だった。

 もしかして、友美は計算ができないのだろうか?


 このままでは、確実に友美は解雇されるに違いない。

 私は老婆心ながら友美に一から仕事を教えたのであるが、友美は仕事を覚える以前に、いや理解する能力が乏しいのか、かえって私に反発するようになった。

 学習能力が乏しいのだろうか?

 

 友美は未成年でありながら、タバコは常習、ブランデーをお替りするという酒豪だった。

 噂によると、麻薬に手をだしていたという。


 友美は無断欠勤が二日続いた挙句、解雇された。

 なんと行方知らずになったという。

 中傷癖や窃盗癖があったりするような悪党でもなかったのに、私は友美が世間の罠にかかり、風落ち(風俗行き)泡沈め(ソープ行き)という定例パターンに堕ちていくのが、気がかりでもあった。

 悪党は、常に友美のようなフラフラした女性を狙っている。

 友美は、人懐こい子だったので悪党についていくかもしれないと思うと、気がかりで仕方がなかった。


 それから三年後、私は見合いで結婚したものの、働かない夫に辟易していた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

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